日本企業には、有効な経営理念があった

 かつて日本の高度成長期をけん引した多くの日本企業には、経営者の経営哲学を表現した経営理念がありました。

 例えばパナソニックの創業者の松下幸之助氏が提唱した、水道の水のように低価格で良質の商品を大量に供給するという経営哲学は、水道哲学として世間にも広まりました。産業人の使命は貧乏の克服であり、物資を潤沢に供給することで物価を下げ、消費者の手に容易に行き渡るようにしようという思想は、自身が消費者でもあった従業員にとって共感できる部分が多く、従業員のモチベーションを上げると同時に、彼らの会社に対するエンゲージメントを高めました。

 また、ホンダの創業者の本田宗一郎氏は「よく働き、よく遊べ」「理論とアイデアと時間を尊重せよ」という人生哲学を基に会社経営をしていました。それは、今から半世紀ほど前に導入された翌日出社時間調整ルール(勤務間インターバル制度)やノー残業デーといった労働環境の改善施策の導入にもつながっています。これも水道哲学と同様に、従業員の共感を得たことで愛社精神を育む原動力として機能しました。

 では、戦後から高度成長期に日本企業の従業員を団結させ、エンゲージメント向上に大きく寄与した当時の経営理念を復刻させれば、現代の日本企業が抱える課題が解決するのかというと、そんなに甘いものではありません。それは当時とは経営を行っている場が大きく異なっているからです。