近年の許留山は明らかにそんな香港人よりも、「国内にない珍しいもの」を求めてなだれ込む中国観光客を相手にするようになっていた。調べてみると、創立者の一家は2009年に許留山をマレーシアの投資会社に全額売却しており、その後さらに何度も転売されて最終的に中国の大手外食チェーン企業の所有になっていた。方針の大変化もさもありなん、である。

 そこに追い打ちをかけるように2019年の香港デモが起こり、さらに昨年以降続く新型コロナ禍で中国からの観光客は激減どころか、ほぼゼロになった。その結果、あちこちの支店が賃貸料滞納で訴えられ、昨年5月には債権者らによる同社ブランドの製品生産企業の清算申し立てが認められている。

 こうして、実は我々「ファン」も知らないところで、香港の一面を訪れる人たちにイメージ付けた、一つの地元ブランドと文化は消えてしまっていたのである。

世界最大の火鍋チェーン、海底撈火鍋が300店舗を年内に閉店

 そんな残念な話題とほぼ同じ頃に流れ、さらにびっくりしたのが、「世界最大の火鍋チェーン」といわれる四川火鍋店「海底撈火鍋」(以下、海底撈)が、世界に展開中の1600店舗のうち300店舗を年内に閉鎖するというニュースだった。中国では大人気、日本にも出店しているので、食べたことがあるという読者の方もいるのではないだろうか。

 中国国内で海底撈が注目を集め始めたのは、2008年の北京オリンピック前後のことだったように記憶している。それまで「火鍋」ビジネスは「シェフのいらないレストランビジネス」と呼ばれ、高級化なぞ考えられない、薄利多売のものとみられていた。

 日本で「火鍋」というと、四川風の唐辛子スープのものを指すケースが多いようだが、中国では鍋物全体を指す。長い間、大鍋を大人数でつつくスタイルがそれだったが、2000年代以降、大皿でテーブルに届けられた具材を、一人ひとりが一人用小型鍋で、好きなスープでそれぞれに楽しむことができるスタイルが普及した。それと同時に店側はスープにも趣向を凝らし、伝統的なクリアなスープや唐辛子入りの激辛スープのほか、きのこスープや黒鶏スープ、アワビだしのスープなどが次々に開発され、また具材もどんどん高級化していった。

 その後、「火鍋の高級化」はテーブルからソファ席に座って食べるナイトクラブスタイルへと移行した。その頂点に君臨しているのが「海底撈火鍋」といえる。