追い詰められたときこそ、
「学び」の絶好のチャンス

 あのとき、私は少し追い詰められていました。

 携帯電話の営業で一定の成果を出して、二十代後半で初めて管理職に昇格。当初は、メンバーたちの目標未達分の売上を、プレイングマネージャーである私が補完することで、チームの目標を達成することができていたのですが、そのようなやり方はすぐに限界にきました。

 目標を達成すれば「もっとやれるだろう」と、次年度目標をさらに嵩上げするのが会社の方針でしたから、みるみる目標数値がつり上がっていき、私ひとりでメンバーの未達分をカバーすることなど到底できない水準になってしまったのです。

 こうなると、目標達成できるようにメンバーを育成するほかありません。

 自分の仕事で成果を上げようとするのではなく、「指導」に力点を置くようになったのです。そして、私も“お決まり”のプロセスを辿りました。自分の「営業手法」をそのままメンバーにトレースさせようとしたわけです。

 もちろん、無理強いするような言い方はせず、「こんなふうにやってみたらどうかな? 僕はこのやり方でうまくいったんだけど」などと丁寧にアプローチしたのですが、できるようになる人がいる一方で、できない人はやっぱりできない。そして、「前田さんにはできるかもしれませんが、私にはできません」といった反応が返ってくるようになったのです。

部下の話に耳を傾けることで、
驚くべき「気づき」が得られる

 彼もそうでした。

 彼は、会社に入って日の浅い新人営業マンでしたが、成績が極度に低迷。観察していると、明らかに活動量が少ない。その会社は、「一日百軒の飛び込み営業」を命じるような体育会系の営業会社でしたが、彼は、そんな会社の「やり方」に馴染めていないようでした。要するに、あまり熱心に営業に回っていなかったのです。

 私自身は、必ずしも体育会系のノリが好きなわけではありませんでしたが、営業が「確率論」であることは否定しがたい現実です。営業マンとしてどんなに未熟であったとしても、営業件数を増やせば、それに応じて結果は必ずついてくるのが営業なのです。しかも、数をこなすことで営業ノウハウも自然と磨かれていきます。

 だから、私は、彼に「僕と一緒に、一日百軒回ってみないか?」ともちかけました。そして、彼の営業に同行してOJTに力を注ぐことにしたのです。ところが、どんなに彼を「指導」しても上達する気配はありませんでした。

 例えば、「飛び込み営業」では、訪問先の会社の扉を開けたときに、目に入るモノや、職場の雰囲気や、座席配置などから、「この会社では、こんな切り口で話を始めれば聞いてもらえそうだ」と“あたり”をつけるのが重要です。この精度が高ければ高いほど、「結果」が出る確率も高くなるわけです。

 そして、私がそれをやってみせるのを間近に観察することで、その「勘所」をつかんで一気に腕を上げていくメンバーもいるのですが、彼はものすごく飲み込みが悪かった。何度やっても、全然うまくいかない。それこそ、訪問先を追い返されるようなことになってしまうのです。

 それで、ふたりで休憩をとっているときなどに、「さっきは何が悪かったと思う?」などと質問をしながら指導に結びつけようとしたのですが、彼の心には何も響かないようでした。というか、私に見えているモノが、彼には見えてないようでした。

 私は、訪問先の細かいところを観察して、営業トークに結びつけるノウハウを彼に教え込もうとしていましたが、彼は、そういう「細かいこと」が全然見えていないようだったのです。

「さっきの会社の壁に標語が貼り出しあったでしょ?」と聞いても「そうでしたっけ?」、「さっきのオフィスはすごく整理整頓がされていたね?」と聞いても「まぁ、そうですかね……」。そんな調子でしたから、私がどんなに熱心に「指導」しようとしても、空回りするばかり。それどころか、「こうやって一軒一軒回っていくのって、すごく効率が悪いですよね。正直、億劫になるんですよね」などと言い出す始末でした。