「プッシュ型」から「プル型」に
アプローチを変える
正直なところ、「もうお手上げかも……」と匙を投げそうな気持ちにもなりました。
しかし、ここで「育成」を放り出したら、チーム目標を達成することはできません。追い込まれていた私は、彼をなんとしても「育成」しなければなりませんでした。
そこで、アプローチの仕方を変えてみました。「何かを教えよう」と私が話しても、彼の心には全然響かない。であれば、彼が考えていることを話してもらうことができれば、そこに「育成」のヒントが見つかるかもしれないと考えたのです。「教える」というプッシュ型のアプローチから、「聞く」というプル型のアプローチに切り替えたと言ってもいいでしょう。
そして、移動中や休憩中に、「学生時代に何をやっていたの?」「何をしているときに楽しい?」「どうすれば結果が出ると思う?」などといろいろな話題を振って、彼の話に耳を傾けました。また、何の話をするときに、彼が目を輝かせたり、身を乗り出したりするのか、じっと目を凝らしました。彼の本音に触れたいと思ったのです。
彼も初めから本音を語ってくれたわけではないでしょう。
でも、私が彼の話に心から耳を傾けていることに気づいてくれたのか、徐々に、話に熱がこもっていきました。そして、あるとき、私はハッとさせられました。彼の「考え方」を深く知るうちに、モノを見る「視点」が、私とは全然違っていることに気づいたのです。
人は「育てる」のではなく、
勝手に「育つ」ものである
先ほども書いたように、私は、訪問先の細かいところを観察して、営業トークに結びつけるノウハウを教え込もうとしていましたが、彼は、そういう「細かいこと」が全然見えていませんでした。だから、私は「営業マンとしてのセンスに欠けているのではないか?」「営業に向いてないんじゃないか?」などとあきらめ始めていました。
でも、それは、彼がそもそも、私とは「視点」が違っていたからではないかと気づいたのです。彼は「細かいこと」には関心がないかわりに、ビジネスそのものをもっと大きく捉える「視点」をもっていたのです。
例えば、彼は、こんなアイデアを温めていました。
スーパーで買い物をしてシールを2枚集めたら、携帯電話に応募できるといった企画を立てれば、「一日百軒の飛び込み営業」をするよりも格段に効率的な営業ができるはずだ、と。
しかも、彼は学生時代に企画サークルに属していて、いろいろな企業などと連携しながらいくつものイベントやプロジェクトを成功させる経験をしてきていました。そんな話を聞くうちに、「あ、そうか。彼は個人プレーでコツコツ結果を積み上げるよりも、チームを組んで企画を動かす集団プレーのほうが向いてるのかもしれないな……」と思うようになったのです。
そこで、私は、彼に企画を立案するように促しました。私も全面的にサポートしましたが、基本的には彼が主体となって関係各所の調整に動いてもらいました。すると、飛び込み営業のときには想像もできなかったほど、上手に立ち回って話をまとめていきます。やはり、内発的なモチベーションを発揮するときに、人はその能力を発揮するということなのでしょう。
そして、彼の企画は大成功。成功体験によって自信をもった彼は、「自走」しながら次々と新しい企画を立案するようになりました。
そのすべてが成功したわけではありませんが、試行錯誤を重ねながら「実力」をつけ、最終的には、私が当時、一ヵ月かけて500台の携帯電話を売っていたのをはるかに超えて、毎月3000台を安定的に売るほどの営業マンへと育っていきました。私が「育てた」のではなく、彼は勝手に「育っていった」のです。