焦点の一つだった2年に1度の診療報酬改定は、当初、財務省側が主張する、「医師らの技術料にあたる本体部分は+0.3%台前半」で押し切られそうな勢いだった。中川会長の政界人脈のなさや、頑迷な性格がネックとなっていたのは言うまでもないが、医療現場の窮状を訴えるばかりで、財務省と戦うには、あまりに感情論に走り過ぎていたからだ。

 現場の疲弊は間違いない。しかし、コロナで疲弊しているのは医療だけではない。それが一般的な国民感情だろう。

 説得力のある数字を示すことなしに、プラス改定を主張する中川会長と厚労官僚。彼らは、昨年実施した「第23回医療経済実態調査(医療機関等調査)」の中で、自らの調査を基に「診療所の利益が6月にはコロナ前の水準に戻った」といった趣旨の記載をしたにもかかわらず、財務省サイドからその点を突っ込まれると「何の意味も持たない数字」と強弁した。

財務省「完勝」の予測が外れた理由

 誰もが、財務省の完勝を確信していた。では、なぜ財務省はそれができなかったのか。一つは、策士策に溺れるという言葉があてはまるかもしれない。今回の厚労第1担当主計官は10年に一人の逸材と呼ばれる一松旬氏。しかし、その優秀さが裏目に出る。財務省サイドは、中川会長の現在の不人気ぶり、前会長である横倉義武終身名誉会長がいまだに人望があること、また、その横倉前会長を引きずり下ろして中川氏が会長職をもぎとったことを熟知していた。

 政界に幅広い人脈を持つ横倉名誉会長は、いまだ財務省に強い影響力を持つ麻生太郎現自民党副総裁に加え、安倍晋三前首相(現安倍派会長)らとも太いパイプを築いていた。それが、横倉時代、本体でのプラス改定が継続した背景でもある。

 横倉前会長のような絶妙な人間力を持たない中川会長は、麻生副総裁を怒らせるという大失態を犯す。日医の頼みの綱である武見敬三議員も自見はなこ議員も、当選回数が少なく、数だけは多い厚労族議員をまとめきれない上に、大臣折衝の根回しもできずにいた。診療報酬の改定率は、毎回、最後は厚労省と財務省との間の大臣折衝で決着がつく「政治案件」なので、代表的な組織内候補に力量が足りないのは致命的だった。

 中川会長自身にも現執行部にも政権との強いパイプはない。むしろ、敬遠されている。そう見た財務省は、本体部分で、横倉前会長時代の実質平均+0.42%を「横倉の壁」として、超えさせないようにという防波堤を自ら作ってしまったのだ。これを認めた厚労官僚はこう言った。

「本来的には0.3%台の攻防だったはずなのに、彼らが0.4%台にしてくれた」

 実際、コロナ対策では何ら力を発揮できず、官邸との連携が最悪に等しかった中川会長に対しては、岸田首相も当初冷ややかだった。