人から「影響」を受けるか、受けないか

海猫沢:phaさんの文章は、全体的に「いいな」と思いました。僕が書いたら、たぶん違う印象になるんです。それって何が違うのかなと考えてみたら、「人をディスってない」というところだと(笑)。

pha:そうかも(笑)。

海猫沢:基本的に人をディスったり、ネガティブな感じがないんですよね。すごく素直な感じがして、本に対して敬意が感じられました。

pha:あんまりマウンティングしたいっていう意思がないからかな。

海猫沢:他の人の本を読んでいると、たまにすごく自意識が入っているものがあるじゃないですか。「俺が俺が」みたいな(笑)。

pha:「俺はこんだけいっぱい読んでるぜ」とか、「これを読まないと遅れるぜ」みたいな。

海猫沢:そう。それが伝わるとイラッとするけど、phaさんの文章からは、そういうのがまったくなくて。それが驚きましたね。

phaこの本では、だいたい100冊くらいの本を紹介しているんですが、めろんさんはどれくらい読んだことがありましたか?

海猫沢:80冊くらいは読んでいて、読んでいないのが20冊くらいでした。特に読んでいないのが、橋本治さんです。橋本さんと僕の「頭の使い方」が違うと思っていて、なぜかピンとこないんですよね。

pha:80冊はすごい。さすが。橋本さんは、独特の文章で独特の思考の流れがありますね。

海猫沢:だから、僕の頭にはスッと入ってこないタイプの思考なんですよ。前に、『知性の顚覆 日本人がバカになってしまう構造』の書評を書いたこともあるんだけど、そこでは「不機嫌」がキーワードになってたりして、おそらくこれは山崎正和『不機嫌の時代』なんかがイメージとしてあったんじゃないかと思うんです。教養の土台が80年代にある気がして、僕のベースと違うんだろうなと。

pha:橋本さんは晩年もたくさん本を出していて、それも面白いんだけど、80年~90年代くらいのほうがキレキレだったかもしれない。

海猫沢:そうなんですね。橋本さんは、『ハイスクール八犬伝』が好きだったんですよ。『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』なんかの、評論はいまいちピンとこなかったんですよね。

自分のダメさについて「読書」が教えてくれること海猫沢めろん(うみねこざわ・めろん)
1975年生まれ。高校卒業後、紆余曲折を経て上京。文筆業に。2011年『愛についての感じ』で第33回野間文芸新人賞候補。2017年『キッズファイヤー・ドットコム』で第39回野間文芸新人賞候補。翌年、同作で第59回熊日文学賞受賞。2022年春に、対戦格闘ゲーム「バーチャファイター」をめぐるルポタージュ『トウキョウヘッド2(仮)』。執筆10年の大作小説、『ディスクロニアの鳩時計』を刊行予定。文学系ロックバンド「エリーツ」のメンバー。

pha:僕は18歳くらいのときに読んで影響を受けたんですよね。「こんなふうに物事を考えられるのか」って。当時はそういうのを見たことがなくて。

 昔は今よりも大学とかマスコミとかの権威の力が強かったけれど、橋本さんはそういう権威に頼らず、自分だけで一から物を考えていくんですよね。

海猫沢:phaさんはちゃんと影響を受ける人ですよね。僕は、中途半端にしか受け入れないんですよ。自意識が強いのかもしれない。だから、ちゃんと素直にその人の言うことを聞けないんです。

 どこかちょっと眉唾で、半身になっちゃう。でも、それって学ぶ上ではあまりよくなくて、まずはいったん信者になったほうがいいんですよね。

pha:めろんさんは若い頃にハッキリと影響を受けたものはないんですか?

海猫沢:ないですね。結構、懐疑主義者なんですよ。人に影響を受けることが恥ずかしいと思っていたから。とはいえ、何かしらから影響は受けているはずなんだけどね。

 やっぱり、1回どっぷりその人間に染まって、その人の思考までわかるくらいハマらないと、深い読書になっていない気はします。僕は、そこまでハマった作家がいないのが、逆にコンプレックスなのかもしれない。

pha:なるほど。僕はわりと素直だったのかもしれないですね。本からいろいろ吸収している気がする。

作家たちの「ダメさ」のチキンレース

海猫沢:この本では、中島らもさんを紹介していますね。中島らもは、関西の人なんだけど、関西の笑いにもいろいろあるじゃないですか。よしもと新喜劇的な笑いと、少しひねくれた笑いがある。

pha:ありますね。

海猫沢:中島らもはひねくれたほうですよね。でも、僕は関西出身だけど関西と合わなかったタイプで、両方とも嫌いなんですよね。

pha:僕も関西出身だったけど関西的なノリが苦手なほうでしたね。でも、らもさんは好きで影響を受けたんですよね。

海猫沢:僕は、中島らもの『ガダラの豚』を最初に読んだんです。だから、物語作家として「すごいな」という印象が最初にありました。phaさんの本では、「自分と同じダメさを持った人間」ということで紹介していますね。これには、すごく共感しました。僕にとっての中島らもっていうか、ドラッグ的な破滅的な人っていうのは、石丸元章さんなんですよね。

pha:はいはい。『SPEED』ですね。ドラッグのノンフィクションを書いて実際捕まっちゃったという。

海猫沢:完全アウトですからね。覚醒剤ですから。

pha:こういうのって性格が出ますよね。速いのが好きな人とだるくなるの。僕、だるくなるのが好き派なので、らもさんなのかもしれない。

海猫沢:わかる。らもさんはだるいよね。

pha:そうそうそう。

海猫沢:ダウナーだよね。石丸さんはアッパーなんですよ。

pha:速いんですよ。アッパーですよね。

海猫沢:僕はもう完全に石丸さんで、いまだにすごくリスペクトしています。

pha:僕も『SPEED』は、出た当時面白く読んで、「すげえな」とは思ったけどそんなにハマりはしなかったかな。

海猫沢:石丸さんの本は全部いいのに、なんでこんなに売れないんだろうなっていつも思っています。社会的には売れないほうがいいのかもしれないけど(笑)。

pha:でも面白いし、石丸さん本人も愛嬌があっていいおじさんなんですよね。

海猫沢:最高にいいですよね。舞城王太郎が出てきたときに、僕は石丸さんのペンネームだと思ったんです。文体もすごく似ているので、「これは絶対にそうだ」と思った。

pha:あー、確かに。似てるかも。

海猫沢:そう。独特の速い文体なんですよ。

pha:スラングとかまぜまぜで、速い感じで飛ばしていく感じ。

海猫沢:そのへんが好きだったせいで、「ダメにならないとダメだ!」という、破滅タイプの考えをインストールしてしまった気がします。ダメであればあるほど偉いみたいに。

pha:めろんさんも一度逮捕されたらいいんじゃないですか。石丸さんみたいに。

海猫沢:そうなってきますよね。でも、その発想ってチキンレースになってくるから危険なんですよね。我々のバンドの滝本竜彦さんがよく言う、「純文学作家が陥りがちな、ダメな自分ほど偉い」というチキンレースが始まるってやつですね。

pha:確かに、破滅的なことを書けば、それのほうが心が動かされるみたいなのはある。

海猫沢:そう。そしてみんながダメになっていって「死んじゃう」というやつですね。

pha:ダメっていうのも、「面白いダメ」と「面白くないダメ」もあります。

海猫沢:そのダメさ加減は難しいですね。ダメ勝負をしはじめると、お互い危険な領域に入っていくからね。

pha:太宰とか読むとダメな自分をすごく魅力的に書いてるから憧れてしまうけど、あれはすごくセンスがあるから魅力的に見えるのであって、凡人がダメになってもあまり面白くないですからね。