自分にとって「切実な問題」は何か?
海猫沢:phaさんと初めて会ったときに、本の話をしたんだけど、そのとき見田宗介さんの本のことを話していましたよね。
pha:『時間の比較社会学』ですか。覚えてないけど初対面のときにそんな話をいきなりしましたか。
海猫沢:そう。その話をしていたのが、すごく印象に残っていて、『人生の土台となる読書』でもそれが書かれていますよね。この本の中でも、ここが一番印象に残って、とてもいい文章でした。
ここでは、「自分にとって本当に切実な問題を考え続けなきゃいけない」という話でしたよね。ちなみに、自分にとって切実な問題って何かありますか?
pha:なんだろうな……。切実でないことはたくさん思いつきますね。会社の仕事を辞めたときは、「仕事の内容に全然興味ねえな」って思って辞めましたね。普通に会社で働いて家族を作るという、世間で言われているようなことが、自分には全然ピンとこなかったので……。
海猫沢:「自分にとって切実な問題はなにか?」にまつわる僕の悩みが一個あって、そもそも僕はそれが見つからないんですよね。切実な問題が自分にとって何なのかが結局わからない。それが僕の問題です。
だけど、これってよく考えると、自分にとって切実な問題が1つ見つかると、それについて考えれば人生はなんとかなるとも思っているんですよね。でも、それってたぶん間違いなんですよ。切実な問題は、実はたくさんあるもので、1つに決められるようなものではない。
だから、「自分にとって切実な問題が1個あれば、何か俺はすごく深い人間になれるぞ」という短絡的なことが間違っているのだと、最近、僕は気づきました……。
pha:そういう意味では、僕も何か1つあるわけではないかも。「人生で何をしたらいいのか」というのはあるけど……ちょっと大きすぎるかな。
海猫沢:それって、あらゆる本に出てくるキーワードなんですよね。そもそもそれが見つからない人が、世の中、多いんじゃないかなと思っています。
自分にとって本当に切実な問題を考えたい人は、前の僕と同じで、「それが見つかればなんとかなる」と思っているんじゃないかな。
pha:生涯のテーマさえあればなんとかなると。
海猫沢:ただ、そういう人間はおそらく永遠にそれが見つからないタイプなんじゃないかとも思っています。世の中の人の多くの人は、それゆえにずっとさまよい続けている。そして、本を読んで知識を手に入れるけれど、それって虚しいなって思っちゃうんじゃないかと。
pha:作家で、わりとずっと同じテーマの作品を書き続ける人っていますよね。そういう人に憧れるみたいな感じですかね。
海猫沢:そう。日本人は「ぶれない」とか「一本筋が通ってる」っていうのが好きだから。でも、僕はどうしても宇宙人視点で考えちゃったりするんですよ。宇宙人から見たら、野球選手がやっていることって意味がわからないじゃないですか。「あいつはなんで木の棒を振って球を打つだけで何億円ももらっているんだ?」みたいな。
人間は「間違える」ものだ
pha:僕にとってのテーマは、「嫌なことはしない」かな。身体的にだるいと思ったらやらない、というのが根本にあります。
海猫沢:身体の問題も、この本に出てきますね。
pha:最終的には身体が大事だと思うんですよね。身体抜きで考えると、何でも考えられるし何でもありだから、逆に何をやったらいいかわからなくなったりするけれど、身体はいろいろな行動を限定してくれる。そこでできること、できないことが自分らしさを作る。だから、自分らしさはやっぱり身体に宿るのではないかと思っています。
海猫沢:わかりますね。でも、僕は、身体に任せると支離滅裂なんですよ。なんでもやりたいタイプなので、どんどんわけがわからなくなっていくんです。
pha:めろんさんは本当にいろいろやってますよね。小説を書くだけじゃなくてラジオに出たり歌詞を書いたりゲームを作ったり……。
海猫沢:僕も面倒くさいことはやりたくないと思っているけど、これをやれば面倒くさくなくなるんじゃないかということをたくさんやっちゃうんです。危ないと言われているのにボタンをたくさん押しちゃうように。
pha:押したくなる欲求はありますよね。身体も結構バカだから間違えることも多いですし。それについても、この本に書いています。
海猫沢:内田樹さんの話ですね。内田さんは、身体は自分より賢いと言っていますけど、そうじゃない状況もあると思っています。
pha:そうですね。僕の認識では、身体、つまり直感的なものは頼りになるところもあるし、間違えるところもあるみたいな感じですね。人間には「認知バイアス」というものがあって、わりとしょっちゅう間違えてしまう。そういう部分も本では紹介しています。そのへんの話に関連して、めろんさんの『明日、機械がヒトになる』も紹介しています。
海猫沢:それは自分が書いた中でも結構好きな本で、たまに読み返します。
pha:めろんさんがさまざまな科学者に話を聞きに行くという本なんですよね。そして「機械とヒトに境目はあるのか」という質問をしてみると、わりとみんなが「境目はないよ」「人間には意識はないよ」と答えているのが面白かった。
海猫沢:そうなんですよね。面白い考えですよね。
pha:僕もわりと同じ世界観を持っていて、人間はいろいろなことを自分で判断しているつもりだけど、それはまやかしだ、と思っていますね。めろんさんの本でも言っているように、自由意志なんてないんじゃないだろうか。
海猫沢:この本では、経済学の本とかは入ってなかったですよね。phaさんのような生き方って、仏教とすごく相性がいいと思うんです。「すべては虚しい」というような仏教的な世界観じゃないですか。
でも、phaさんの考えが宗教になると、わかりやすくなりすぎると思うんです。世の中の人がphaさんに見ている希望というのは、資本主義の中で仏教的な生き方を両立させるにはどうしたらいいのか、ということだと思っています。結局、やはり僕らは出家できないですからね。
世の中で生きていくために、お金は稼がなきゃいけない。じゃあ、だるいけどお金を稼ぐにはどうしたらいいのかという話になっていきます。そうなったときに、この小屋の人の話に行くわけですよね。
pha:そうですね。小屋暮らしをしている高村友也さんの『自作の小屋を作ろう』とか。ミニマムな暮らしのサンプルになるかなと思って書きました。
海猫沢:山奥ニート、小屋生活の人、ゼロ円生活。いろいろな人がいますよね。年収100万円とかで生きるというのも、それにたぶん近いんですが、phaさんのほうが、もう少し現実と折り合いをつけているような気がします。
pha:僕は今はシェアハウスをやめて、文章を書いてお金をもらって、普通に家賃を払って一人暮らしをしているので、わりと普通の暮らしになっちゃってるんですよね。
海猫沢:なるほど。でも脳科学と社会学は、経済学に近いかもしれません。行動経済学は認知バイアスの話に繋がってるので。ただ、行動経済学では、今、「論文が嘘だった」「やらせだった」というので震撼していますよね……。
pha:「行動経済学」に関わる論文で使われたデータが、捏造だったんじゃないかというニュースですね。行動経済学は取り上げるかどうか少し考えたけど、人間はこういう間違いをしやすいというエラー集に過ぎないなと思って、扱わなかったんですよね。別の場所で「認知バイアス」の話だけしておけばいいかなと思って。今思えば使わなくてよかったです(笑)。
→次回「読書家が辿り着いた『1つのことを突き詰めなきゃ』という病について」に続きます。
1978年生まれ。大阪府出身、東京都在住。
京都大学総合人間学部を卒業して就職後、できるだけ働きたくなくて社内ニートになるものの、28歳のときにツイッターの登場に衝撃を受けて会社を辞めて上京。以来、定職につかず毎日ふらふらと暮らしている。シェアハウス「ギークハウス」発起人。ロックバンド「エリーツ」のメンバー。著書に『人生の土台となる読書』(ダイヤモンド社)のほか、『しないことリスト』『知の整理術』(だいわ文庫)、『どこでもいいからどこかへ行きたい』(幻冬舎)などがある。