喫煙の規制がもたらしたもの

 実験の参加者たちは、タバコが規制される前の調査で「考えることなく自動的にタバコに火をつける」とパブで答えていた。つまり、彼らは習慣としてタバコを吸う人々だ。禁止令が出されると、喫煙習慣が身体に染みついている彼らは、うっかりタバコに火をつけた。彼らの習慣は、新たな法律を気にもとめなかったのだ。

 喫煙を禁じる類いの禁止令は、習慣の自動で「合図を知覚し、その反応を行動で示す」メカニズムを破壊する。禁止令が出されれば、オフィスやレストランが喫煙の合図となっていた人々に、自動的な反応を抑制する法的な理由が生まれる。それは、環境が合図となってタバコを吸うという行動を意識的に抑制するのに、十分な動機となる。

 習慣(喫煙)と自覚している認識(違法であるという認識)の衝突は、時間とともに薄れていくはずだ。禁止令に繰り返し従っているうちに、習慣は新たに繰り返しタバコを吸うようになった新たな場所と結びつく。パブでの喫煙を法律で禁じられると、パブでタバコを吸う習慣は健全に不便さが増す。吸おうと思ったら、会話をやめて飲み物を置き、立ち上がってパブの外に出て、英国ならではのどんよりとした空の下で数分過ごすことになる。

 喫煙習慣を抑止するもうひとつの手段がタバコ税だ。アメリカで販売されているタバコのコストはいまや、平均して一箱につき約半分を、連邦税、州税、地方税が占める。課税額が高い州になると、喫煙する住人の数が減る。

 2018年の時点でもっとも税率が低かった州はミズーリだ。一箱につき17セント課徴され、住人の22パーセントが喫煙者だった。もっとも高い税を課していたのはニューヨークで、その額は4ドル35セントになる。同州の喫煙者の割合は14パーセントにとどまっていた。一箱に課される税が10パーセント上がるごとに、成人の喫煙率は平均して4パーセント下がる。ここに特別なからくりはない。価格が高くなれば、買える人の数は当然減る。規制によって喫煙にまつわる環境がどう変わったかは明白だ。

 タバコ会社がテレビCMから締め出されたことは先に述べたが、規制はそれだけにとどまらない。ほとんどの店舗では、タバコの広告を提示できないし、顧客が自由に手に取れる場所にタバコを置くこともできない。タバコを買いたい人は、店員にその旨を伝える必要がある。レジの列に並んでいるときに、「キャメルブルーを。いや、99じゃなくて、いや、それでもなくて、その右上の、そう99ライトを」と店員にたどたどしく説明する人を待った経験は誰にでもあるだろう。毎回そういう説明をしていれば、それもまた喫煙への障害となる。

禁煙に失敗した本当の理由

 では、ここまであげてきたような変化を起こせば、タバコのように依存性の高いものでも確実にやめられるのか? ニコチンはすぐに人を夢中にさせる。不便さをいくらか強いる程度で、本当に対抗できるのか?

 ワシントンD.C.で、禁煙に積極的な喫煙者475名を対象に、タバコを吸う合図を前にしたらどうなるかを検証する実験が行われた。実験の参加者たちは、タバコを吸いたくなった度合いを1ヵ月にわたって毎日報告した。

 ご想像のとおり、参加者の多くが禁煙を断念し、喫煙欲求が高まったときにタバコをまた吸い始めた。顕在意識が渇望でいっぱいになり、渇望が吸う決断に向かわせたのだ。

 ただし、この実験の肝は別にある。禁煙への熱意が高い参加者は、携帯電話の位置情報を提供することに同意した。ワシントンD.C.はジオコーディング化(住所に地理座標を紐づけ)されている地域なので、参加者がタバコを販売する店の近くにいれば、そうとわかった。

 そういう店に行った理由はさまざまで、ガソリンを入れるためや食品を買うため、なかにはタバコを買うためと報告した人もいた。禁煙に失敗する喫煙者というと、たいていは「吸いたい欲求が長く続いた末にタバコを1本取り出す」場面を想像する。欲求が募ったあげく、闘いに敗れたと思うだろう。調査員たちも、参加者の欲求に購入の機会が加わったときに再び吸い始めると予想していた。

 彼らとちょうど反対のケースは、熱心にダイエットしたがっていた私のいとこだ。痩せようという彼女の意欲は、彼らの吸いたい欲求とは反対に衰退し、のんびりしていたいという欲求との闘いに負け続けている。どちらも説得力のある話だが、こうしたケースは習慣で行動する経緯を表すものではない。むしろ、瞬間的な誘惑にどう反応するかを示したものだと言える。

 禁煙の失敗の現実は、次のようなものだった。禁煙中の参加者は、吸いたい欲求がゼロだと報告しつつ近所の店に入ることがあった。欲求がゼロとは、「いま現在、どの程度タバコを吸いたいか?」という質問に、「ゼロ」か「まったくない」と答えたことを意味する。その店がタバコを扱っていれば、彼らは慣れ親しんだ購入の合図を目にした。誰かがタバコを買っている姿を見た人もいれば、レジカウンターの後ろにいつものように並んでいるお気に入りの銘柄に目をやった人もいた。

 そういう各自にとっての合図だけで禁を破るには十分で、彼らはタバコを手に店をあとにし、喫煙者に戻った。タバコにまつわる健康政策に意味があることは明白で、店頭での合図を制限する法律は称賛されるべきだ。

 レストランにタバコの自動販売機はもうない。タバコの画像が表示される広告も、もうない。バーでタバコに火をつける人も、もういない。ニコチンの依存性が高いのは事実だが、人がタバコを吸うかどうかは、日常的な環境に潜む合図にかかっている。

 行動を起こす状況が、意識的な自己にそうと気づかせない形で、喫煙しやすくもしにくくもするのだ。喫煙時の舞台装置を破壊すれば、喫煙行為も破壊される。

 喫煙という身体にダメージをもたらす行為に対抗したいなら、タバコの最大の武器である依存の性質を真っ向から攻めるのは得策ではない。依存の問題は避け、無視したほうがいい。タバコの抑制は素晴らしい成果をあげた。ここから学べることは多い。

【本記事は『やり抜く自分に変わる超習慣力 悪習を断ち切り、良い習慣を身につける科学的メソッド』(ウェンディ・ウッド著、花塚恵訳)を抜粋、編集して掲載しています】