言葉を残す、言葉を伝えていく
ということは大切
サントリーホールディングス代表取締役副社長。日本興業銀行(現・みずほ銀行)を経て、1997年サントリー入社。2009年、サントリーホールディングス執行役員、2011年、サントリー食品インターナショナル代表取締役社長、2016年から現職。グループ戦略・改革本部長として中長期視点での改革を推進するほか、国内酒類事業を統括するサントリーBWS代表取締役社長も兼ねる。 Photo by Teppei Hori
鳥井 典型例としては、いち早く、水源涵養(かんよう)、生物多様性の保全の活動に取り組んだことでしょうね。「天然水の森」というプロジェクトです。
地下水は森で育まれますから、「工場でくみ上げる地下水の2倍以上の水」を、工場の水源涵養エリアとして設定した森で育んでいます。こうしたプロジェクトは2003年から開始し、現在は国内の15都府県、21カ所に広がっています。
サントリーは水の恩恵を受けている会社で、自然ももちろんステークホルダーです。良い水がなければ、ウイスキーも、ビールも、清涼飲料も、つくることはできません。特に天然水、すなわち地下水は、会社の生命線です。海外でも、こうした水を大事にするためのプロジェクトは理解されやすいですね。
関灘 昨今の環境やサステナビリティの議論が盛り上がる前から思想があり、創業から続くビジネスの根本に対する感謝の気持ちがあるということですね。
鳥井 創業者の鳥井信治郎は信心深い人で、すべて神様からの贈り物だから、それを自然に返さなければならないという考えを持っていました。その考え方が脈々と受け継がれていますし、これからも受け継いでいかなければなりません。
A.T. カーニー日本代表。神戸大学経営学部卒業後、A.T.カーニーに新卒で入社し、2020年に同社史上最年少の38歳で日本代表(マネージングディレクター ジャパン)に就任。INSEAD(欧州経営大学院)MAP修了。グロービス経営大学院専任教授、K.I.T.虎ノ門大学院 客員教授、大学院大学至善館特任准教授、経済産業省「新たなコンビニのあり方検討会」委員。 Photo by Teppei Hori
関灘 ネスレやディアジオなどの世界の大手酒類食品メーカーはもちろん、影響力を増している GAFAMなどのプラットフォーマー企業とも異なり、サントリーグループならではの社会の在り方、企業の在り方に対する独自の考え方や「やってみなはれ」などの精神は、非上場企業であり創業家が経営を担ってきたからこそ、実践できている面もあるのではないかと思います。
こうした独自の経営観や価値観を貫き、代々伝承し、社内に浸透させ続けてこられたのは、どういう方法によってなのでしょうか。
鳥井 そんなに多くの会社の内情を知っているわけではありませんが、サントリーは他社に比べて、「創業者がこう言っていた」という話を今でもよくする会社だとは思います。私自身も営業でいろいろな拠点を回ると、そのように話しますね。立ち返るときに、創業者の言葉がある、言葉を残す、言葉を伝えていく、ということは大切だと思います。
関灘 創業者の思いや言葉が脈々と語られている会社は、意外と少ないかもしれません。社員の皆さんの日々の活動の中に、どのように企業精神を浸透させていっているのでしょうか。また、買収した会社には、どのように企業精神を理解してもらうのでしょうか。相当に細やかな努力の積み重ねがあると思うのですが。
鳥井 時代や会社の規模も変わってきているので、従業員の大半が日本人という時代と、社員も多様化している現代では、おのずとやり方も変わっています。
その中で、できるだけ、その時々に応じた方法で、会長、副会長、創業家の人間との接点を増やそうとしています。たとえば、キャリア・ディベロップメントの一環として、いろいろなレイヤーで、国内外問わず研修がありますが、その中で、必ず会長なり、私なりとのセッションを設けるようにしています。コロナ禍でなかなか対面で話し合うことができない今は、また平時とは違いますが、創業の精神を理解してもらうことも含め、そういうことは相当意識してコミュニケーションを取っていますね。