ストレス要因が多い世の中

 残念ながら、いまの世の中では、素早い思考や複雑な思考が求められる状況がストレス要因となることが多い。たとえば、入院している家族に関することで、即決しろと迫られる。請求書がたまっている状態で解雇されれば、次の仕事をすぐに見つけなければならない。あるいは、不満を抱えるパートナーから別れを切り出されそうになっていることが、ストレスの原因になることもありうる。

 いまあげたような場面では、意識的な意思決定の需要が増える。人は、脅威を感じることがあれば、そちらに注意を向ける。再び同じことが起こらないか気を配り、それを抑圧するにはどうすればいいかと考えるので、ほかのことはほとんど考えられない。言ってみれば、氷水に手をつけた学生たちと同じ状態だ。ストレスのかかる体験に、人は自分で対処しなければならない。

現代人は常に“氷水のストレス”を受けた状態

 そこで役に立つのが習慣だ。先の実験に参加した学生は、氷水(またはぬるま湯)に手をつけたあとで形状を選択する課題に取り組んだ。途中から報酬をもらえなくなったが、それが10問続いたのち、再び正解すると報酬をもらえるようになった。氷水のストレスを受けなかった学生は、このパターンの変化をすぐに学習し、報酬がもらえる形状を探すことをやめ、先に習得した習慣を使うことに戻した。自らの適応力によって、いろいろ試す期間を経たあとに的確な戦略に再び戻ったのだ。

 一方、氷水のストレスを受けた学生は、報酬をもらえた最初の戦略を一度も変えなかった。彼らはその習慣をひたすら繰り返しただけで、報酬の提供パターンが元に戻ったことから、必然的にまた報酬をもらえるようになったにすぎない。

 氷水のストレスを受けなかった学生たちの想像力や戦略は、称賛に値するものだと思う。自分を取り巻く環境に適応し、新たな戦略を模索する思考でいつもいられたら、と誰もが願う。しかし、生きていればストレスは必ず生じる。習慣の観点からすると、氷水のストレスを受けたグループのほうが注目に値する。いくつかの混乱、ストレス、報酬の有無を経てもなお、彼らの習慣は守られた。頭のなかが不快感や恥ずかしさでいっぱいになっていたはずなのに、習慣は揺らがなかった。習慣は耐えたのだ。何があっても最後まで存続した。

「良い習慣」を身につけよう

 では、あなたにとっての「氷水に手をつけた状況」を思い浮かべてみてほしい。健康上の問題が浮かぶ人もいれば、仕事での失敗や人間関係のトラブルが浮かぶ人もいるだろう。実験の課題では正しい形状を選択しなければならなかったが、ここでは、複雑に絡み合うストレス要因に対処し、望む暮らしの維持に欠かせない健全な習慣を確立した自分を思い描いてほしい。それこそが、第二の自己が静かに果たせる務めであり、その務めは意識的に行う思考がストレスにさらされていても、果たすことができる。

 これは非常にいい知らせだ。いずれつらい思いをする時期がやってきても、何とかなりそうだと思える。習慣と、長期的な目標に向かう部分の自分は、そういう時期でも活動を続けるのだ。自分のためになる習慣は、その日に起きたドラマを無視して同じ行動を繰り返し続ける。つまり、困ったときの頼みの綱であるどころか、人生にどんな困難が立ちふさがっても私たちを動かし続ける存在となるのだ。意識的な自己にとっても、習慣的な自己にとっても、そういうときの理想の選択は習慣だ。

【本記事は『やり抜く自分に変わる超習慣力 悪習を断ち切り、良い習慣を身につける科学的メソッド』(ウェンディ・ウッド著、花塚恵訳)を抜粋、編集して掲載しています】