ダイエット、禁煙、節約、勉強──。何度も挑戦し、そのたびに挫折し、自分はなんて意志が弱いのだろうと自信をなくした経験はないだろうか?
目標を達成するには、「良い習慣」が不可欠だ。そして多くの人は、習慣を身につけるのに必要なのは「意志の力」だと勘違いしている。だが、科学で裏付けされた行動をすれば、習慣が最短で手に入り、やめたい悪習も断ち切ることができる。
その方法を説いた、アダム・グラント、ロバート・チャルディーニら一流の研究者が絶賛する1冊、『やり抜く自分に変わる超習慣力 悪習を断ち切り、良い習慣を身につける科学的メソッド』(ウェンディ・ウッド著、花塚恵訳)より一部を公開する。
ストレスと習慣の実験
ストレスと習慣の交わりを調査したいと考えた研究グループが、大学生に協力してもらい、最低3分(我慢できる限り)手首から下を氷水につける実験を行った。肉体にストレスがかかるのはおわかりだろう。そこに人目にさらされるストレスも加える目的で、氷水に手をつけている姿を動画で撮影し、参加者がよく知らない人物に監視させた。比較対照となるグループの学生にはいずれのストレスも与えず、快適な温度のお湯に手をつけさせただけだ。
その後、学生全員にコンピューターで行う課題を与えた。画面に所定の形状が現れたらボタンを押して選択するというものだ。この課題には報酬があり、正しい形状を選べば、口にくわえたストローを通じてごく微量のオレンジジュースかチョコレートミルクをもらえた。報酬としては少々不自然だが、すぐに報酬を得られれば、習慣は確実に形成しやすくなる。間違った形状を選択したときは、学生に不人気のペパーミントティーがもらえるか、何ももらえないかのどちらかとなった。
ストレスの有無で行動が変わる
この単純な課題を通じて、学生はみな、正解を選んだら報酬がもらえることを学習した。この習慣の形成に、氷水に手をつけたときのストレスは干渉しなかった。50問を過ぎたところで課題の内容が変わり、報酬もなくなった。どんな選択をしても、もう誰も何ももらえない。
手を使った最初の実験でストレスがかからなかった学生は、5回前後で仕組みが変わったことに気がついた。最初は習慣になった行動をとっていたが、正解を選んでも報酬がもらえないことが数回続くと、その事実に気づいて違う行動をとり始めた。これまでとは違う形状を選んだら、また報酬がもらえるようになるのではないかと考えたのだ。そうして次の出題では、習慣的に反応するのではなく、自分で考えたことを行動に移した。報酬がもらえる形状を自分で探そうと、わざとこれまでとは違う形状を選択したのだ。要するに、新たな条件に適応し、報酬を得られる状態に戻る方法を探り始めたということだ。
一方、最初の実験で手を氷水につけた学生は、ひたすら習慣になった行動をとり続けた。彼らの顕在意識は、最初の実験で味わった苦痛と目の前の課題にとらわれたままだった。そのせいで、別の選択肢を柔軟に思い浮かべることができなかったのだ。
ストレスのある人は変化を避ける
現実世界のストレスも、似たような影響を及ぼす。企業の幹部が買収や主力商品の発表、組織の再編に関して下した174の厳しい決断について実施された調査では、(配偶者の証言や会社の報告を通じて)不安やプレッシャーを強く感じていたとされる役員に戦略的なリスクをとらない傾向が見られた。ビジネスの世界で使われる言葉を用いれば、不安を抱える役員は、会社を成功に導いた最初の手法を「使い続け」、革新的な方法や成長の模索を「避けた」となる。模索より継続を優先する企業は、新商品が育たず、ブロックバスターやポラロイド、コンパックと同じ運命をたどる恐れが高い。
ストレスが意思決定に影響を及ぼすのは、脳の活動している部分に影響を及ぼすからだ。ストレスがかかると、活性化する神経細胞が、意思決定に関係する領域から目標の遂行に関係する領域(眼窩前頭皮質、内側前頭前皮質、海馬)に変わる。その一方で、習慣的な反応や報酬に関係する、線条体の神経系の動きも活性化する。
この2つが活性化すると、人はある種の自動操縦モードになる。意思決定は、過去に効果があったものに絞られる。つまり、ストレスがかかるものがあると、人の思考は意思決定のシステムを閉ざし、そこから離れた状態で決断を下したがるようになるのだ。ストレス要因から身を守ることにとらわれて、まわりで起きていることに注意が向かなくなってしまう。