5月23日、東京・白金台の「八芳園」での夕食会を前に、米大統領のジョー・バイデン(中央)を出迎える首相の岸田文雄(右)と裕子夫人5月23日、東京・白金台の「八芳園」での夕食会を前に、米大統領のジョー・バイデン(中央)を出迎える首相の岸田文雄(右)と裕子夫人 Photo:JIJI

 5月23日夜、東京・白金台の「八芳園」周辺はものものしい警備態勢が敷かれ、そこに至る沿道には黒山の人だかりができた。首相の岸田文雄が、来日した米大統領ジョー・バイデンを招いて夕食会を八芳園で開いたからだ。

 過去にも来日した米大統領へのもてなしは本筋の首脳会談とは別に大きな話題を提供してきた。ブッシュは東京・西麻布の居酒屋「権八」、オバマは東京・銀座の寿司店「すきやばし次郎」、そしてトランプは六本木の炉端焼き「六本木田舎家」――。いずれも提供された料理に関心が寄せられたが、岸田が八芳園を選んだのはこれまでとは違う特別な意味があった。

 八芳園はもともと「天下のご意見番」として名を残す大久保彦左衛門の屋敷で、明治になって渋沢栄一の従兄、渋沢喜作が所有。さらに日立製作所、日産自動車などの創業に関わった実業家の久原房之助の手に渡った。この久原が援助の手を差し伸べ、かくまったのが辛亥革命を主導し、日本に亡命した孫文だった。岸田はバイデン来日前に、周辺にこう語っていた。

「孫文は中国では『革命の父』と呼ばれ、台湾では『国父』として尊敬される。中台双方にとって大きな存在であり続けている」

 岸田はバイデンにもこの話題を提供したようだ。その隠れた狙いは日本と中国、台湾との歴史的背景とその重要性だった。バイデンの日本滞在はわずか2泊3日だったが、中国、台湾問題が通奏低音として流れ続けた。