ADHDの人が“まずやるべきこと”

加藤:双雲先生が幸運だったのは、書道家のお母さんのもとに生まれて、自身も書道という専門性を持つことができたことだと思います。専門性が一つでもあると、ADHDの人は自己認知をしやすくなるんですよ。別な言い方をすると、自己肯定感が育ちやすいですね。

武田:たしかに書道がなかったら、何をやっているんだろう……。

加藤ADHDなど発達障害の人がまずやるべきことは、専門性を打ち立てることなんです。発達障害の人は自分のことを認知するのが難しいのですが、何か専門性があるとそれが軸となって、「私はこれができるな」と自分を認知できる。双雲さんというキャラクターは、その後から立ってくるんです。そしてそれがだんだん逆転していって、「双雲さんって面白い人だよね」とキャラが先だってくるようになるんです。

武田:たしかに書道がなかったら、単なる変なヤツだと思います。全て書道を通しておこなうから、軸があって、まわりもそこに集まってきてくれる。たまたま両親が書道を伝えてくれたことと、とにかく絶賛して育ててくれたのは、あらためて思うと奇跡的ですね。

脳科学的に素晴らしい
「無条件で絶賛する」武田家の子育て

加藤:お父さんお母さんは何をもって「天才」と言っていたんですか?

武田:それを聞くんですけど、特にないんですよ。ただ僕を尊敬のまなざしで見てくる、という感じ(笑)。全肯定ですね。

加藤:字も、どんなに下手でも絶賛してくれていた、と。すごいご両親ですね。

武田:いや、何かを絶賛するわけではないんですよ。頑張ったから褒めるとか、成績がいいから褒めるとか、そういうのは全くなくて。無条件なんです。これが他の親とめちゃくちゃ違うところで。「親にとにかく絶賛された」と言うと、よく「じゃあ子どもは褒めなきゃいけないんですか?」と聞かれるんですけど、できたことを褒められると“心が闇る”気がして。だってそれって頑張らないと褒められないということだから、ニンジンをぶら下げられている馬と一緒。だんだん疲れてきますよね。

加藤:なるほど、ご両親の育て方は素晴らしかったと思います。決してネガティブなことを言わなかったわけですね。僕も母に怒られたことがなかったんですけど、それってすごく大事。とくにADHDにとっては、ネガティブなことを言われたり攻撃されたりすることが、一番集中力を乱されることですから。マイナス点を言われれば言われるほど、不注意が増大しやすくなるんですね。

武田:もし右利きに直しなさいっていう親だったらどうなってたんでしょうね。

加藤:非常に反発したでしょうし、グレたかもしれません(笑)。双雲さんは拝見している限りでは、左利きの度合いがかなり強そうなので、本来なら字だけ右利きにするのは難しかったはず。それをお母さんが文字を書くことだけを自然な形で右利きにした。非情に珍しいケースだと思います。だから僕が思うに、双雲さんは右脳も左脳も発達していますよ。「天才的幸運」が重なったと思いますね。

左利きは「言語の発達」が遅くなる

武田:でも、左利きと発達障害に関連性があるということは初めて聞きました。興味深いですね。

加藤:ここで少し、左利きと発達障害と脳の関係性のお話をしますと、僕はずっと左利きコンプレックスを抱えていました。というのも、左利きの人は、それだけで言語の発達が遅い傾向にあります。一般に、女の子より男の子の方が言語発達は遅れやすいです。ですから、男の子で左利きは、かなり言語に苦労します。そこで、ずっと脳の秘密を調べてきたわけなのですが、脳にはなぜ右脳と左脳があるんだと思いますか?

武田:たしかに、左右に分かれていなくても良さそうなのに、なぜかと言われると分からないですね。

加藤:一説には、様々な働きを脳のあちこちで分担をするためではないかと言われています。生後すぐには、右脳と左脳は発達自体は比較的均等に進んでいくんです。だけど、もし右脳がなくなっても、ほとんどの人は喋ることはできるんですよ。なぜなら言語の処理は左脳でおこなわれているから。そして右手の動きは左脳が司っているので、右利きの人のほうが左脳が発達しやすくなり言語力も発達するわけなのです。

武田:言語と左利きって関係があるんですね。

加藤:脳には海馬といって記憶を司る部分があるのですが、この海馬は右脳と左脳のどちらにもあるんですね。で、左脳の海馬の発達が遅れるほど言語発達も遅れるんですが、女性のほうが左右の発達差が小さく、男性のほうが左脳の海馬が右脳の海馬よりも遅れが大きいんです。

「左利きと発達障害」の関係

武田:左利きや発達障害の人だとどうなんですか?

加藤:まさにそれをお伝えしたかったのですが、発達障害の人の約95%は左右どちらかの海馬の発達が遅れているんです。よく調べると、約98%が右の海馬より左の海馬の発達が遅れています。この左脳側の海馬の発達の遅れが、幼少期の発語の遅れなど、言葉の習得の遅れと関係していることが分かってきました。

 たとえば、アインシュタインも幼少期、言葉の発達が遅かったと言われていますが、発達障害の幼少期の代表的な症状は、言葉の発達の遅れなんです。ですから、左利きの人は、右脳を成長させやすい脳のしくみですが、逆に左脳の成長には、右利きの人より時間がかかるわけです。

 で、何が言いたいかと言いますと、左右の海馬の発達に差があればあるほど、左脳と右脳の発達時期にずれが生まれやすく、脳はいわゆる定型発達をしないんですね。言い方を変えると、そもそも、左利きは発達障害の症状が起りやすく、実際に、左利きでさらに発達障害が加わると、その脳は非定型な発達を示すので、ランダム脳発達と言えるのです。

武田:少し発達の規則性がランダムになるだけ、と。

加藤:そうです、そして双雲先生もそうですが、左利きやADHDの人はその不規則性に従って生きたほうが能力が伸びやすいと感じています。脳が成長していく仕組みが、左利きは右利きと違うので、それに海馬の左右の発達差が加わると、もはや、特別な脳のしくみで発達すると考えた方が良いと思っています。