変わるべきは子どもたちだけではない

渡邊:これに付随して、大人も変わらなければなりません。環境全体が変わらないと。子どもだけが変わるなどということはありえません。エンパシーを引き出すときに、いちばんの適役は親(親代わり)だからです。親(親代わり)に対するプログラムも始めています。

 それは「YourKids(ユアキッズ)」というプログラムで、メキシコのマイクロソフト、南米のHSBC銀行、ドイツの製薬会社のベーリンガーインゲルハイムのドイツやフランスの会社などで始まっています。たとえば「メリーちゃんが3個リンゴを持っていて、ジョンという子が1個取っていきました」という事実があった場合、普通の教育だと何と聞きますか?

平尾:「何個残りましたか」ですね。

じげん 平尾丈平尾 丈(ひらお・じょう)
株式会社じげん代表取締役社長執行役員 CEO
1982年生まれ。2005年慶應義塾大学環境情報学部卒業。東京都中小企業振興公社主催、学生起業家選手権で優秀賞受賞。大学在学中に2社を創業し、1社を経営したまま、2005年リクルート入社。新人として参加した新規事業コンテストNew RINGで複数入賞。インターネットマーケティング局にて、New Value Creationを受賞。
2006年じげんの前身となる企業を設立し、23歳で取締役となる。25歳で代表取締役社長に就任、27歳でMBOを経て独立。2013年30歳で東証マザーズ上場、2018年には35歳で東証一部へ市場変更。創業以来、12期連続で増収増益を達成。2021年3月期の連結売上高は125億円、従業員数は700名を超える。
2011年孫正義後継者選定プログラム:ソフトバンクアカデミア外部1期生に抜擢。2011年より9年連続で「日本テクノロジーFast50」にランキング(国内最多)。2012年より8年連続で日本における「働きがいのある会社」(Great Place to Work Institute Japan)にランキング。2013年「EY Entrepreneur Of the Year 2013 Japan」チャレンジングスピリット部門大賞受賞。2014年AERA「日本を突破する100人」に選出。2018年より2年連続で「Forbes Asia's 200 Best Under A Billion」に選出。
単著として『起業家の思考法 「別解力」で圧倒的成果を生む問題発見・解決・実践の技法』が初の著書。

渡邊:そうですよね。左脳で考える答えが普通ですよね。メアリー・ゴードンの心の教育の論理では、「メリーはどんな気持ちになりましたか」と聞くのです。気持ちを想像することの訓練です。それを親や親代わりの人が、自分の子どもに対して日常からやっていきましょうというプログラムなんです。気持ちを知り、言葉で表現する習慣をつけるのは、本当の意味でのコミュニケーションですよね。情緒的な反応としてのエンパシーは、生まれつきや育つ環境によって差が出ますが、アショカが提唱しているのは「認知的エンパシー」です。つまり脳の理論的な判断や分析力を司る前頭葉という部分を鍛えることの提唱です。意識的に筋肉トレーニングのように、他者の気持ちを想像する訓練をやるのです。何歳からでも誰でもできますよ。

 日本でも、大企業で実験的にやってみました。結果は、すごく感度の良い社員が何人かいましたが、企業全体としては追いついていませんでした。気持ちを表現することができる社会というのは、「Safe environment(安心安全な環境)」です。悪く解釈されたり、批判されたりしない環境です。あるがままの自分を表現できる環境です。この環境を作り出すのは、とても勇気のいることです。

中原:学校教育の観点でそれを考えると、子どもたちがプログラムに取り組んでいるときに、大人が描く子ども像かどうかで、子どもたちを評価しないことが重要ですね。

 教育の可能性を改めて考えると、どんな境遇であれ幸せになれる力を高められることだと思います。幸せの感じ方は一人ひとりまったく違います。幸せは人から与えられるものではなく、また、誰かに幸せだと評価されたものでもありません。その人自身がどのような状態であれば幸せと感じられるのか、そして、どのような人生を引き取りたいかと向き合うことが重要なのです。

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