自分の気持ちを知ることから始まる「チェンジメーカースキル」

渡邊奈々(以下、渡邊):私たちもアショカジャパン発足以来、ずっと教育に取り組んできました。個々の能力は教科の点数だけでは計りきれないことは周知の事実だと思いますが、そこでアショカが重視しているのは一言で言って「チェンジメーカースキル」です。

 チェンジメーカースキルの根本にある土台は「Empathy(エンパシー)」です。アショカフェローの筆頭で心の教育の第一人者として著名なメアリー・ゴードンは、エンパシーを次のように定義しています。

「自分の気持ちを他者の気持ちに想像力で重ねて、相手の吸っている空気を感じ取ること」

 チェンジメーカースキルの出発点は、自分自身へのエンパシー、つまり自分の気持ちを知ることです。自分の気持ちを知ることによって初めて、同じような気持ちになった他者の気持ちがわかるようになるのです。

 メアリー・ゴードンのつくった「Roots of Empathy(ルーツオブエンパシー)」は、自分の気持ちを知ることによって、クラスメートの気持ちを理解するようになる心理的成長を促す1年間の教育プログラムです。対象は5歳から15歳。15人ぐらいのクラスに参加することで、いじめや仲間外れや暴力が約9割減るというエビデンスがあります。私は、まだアショカとは何の関わりもない2003年頃、このプログラムのことを耳にして心底驚きました。そして、この目で確かめようと思い、2回ほどカナダにこのプログラムを見に行きました。

 「いじめをなくしましょう」という掛け声は、現象面の話です。何がそのような現象を生み出すかについて深く考えると、人の気持ちを知ることに敏感になった子どもたちの間では、暴力がなくなるのです。

平尾:なるほど。素晴らしいですね。

渡邊:自分がいじめられる人の気持ちをわかれば、相手にやらないでしょ。それがアショカの根本的な考え方なんです。根本的な原因を探り、そこをなくしていく。もうすでに私たちは、その教育を始めています。

 OECDが行う「読解力」「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」による学習到達度調査では、日本人はそれほど高くはないものの、まあまあの水準を出しています。でも、非認知能力は最低レベルです。人間的な能力の欠如を意味するので、これは日本の危機だと思っています。教育界でも危機と認識していますよね。

中原:そうですね。日本は生きる力を目標に掲げて学校教育は行われていますが、この10年間で10代の自死が増えてきた事実があり、昨年もその数は400名を超えています。

 さらに、私たちの年代を含めると、日本全体で39歳までの死因のトップは自死です。生きる力を育む教育活動を受けてきた我々の死因のトップが自死というのは、教育の目標と正反対の結果が表れています。

 だからこそ、教育とは何のためなのかを再定義し、構造を改革し、これからの時代における学校教育の社会的価値を再構築する必要があるのです。そういう意味では、これからの学校の概念は、みなさんが思うものと全く違うものになると思います。