Netflix、Spotify、Adobe……数々の企業を成功に導いた凄腕コンサルタント、ハミルトン・ヘルマー。彼が著した経営戦略の指南書『7 POWERS』シリコンバレーの起業家たちの間で経営の教科書として密かに読み継がれてきた。アメリカで私家版的に刊行されたため、日本ではごく一部のトップビジネスマンにしか知られていなかった同書が、ついに邦訳刊行される。本連載では、その『7 POWERS』の一部を特別に公開していきたい。
まずは今回から3回にわたって、同書の制作に全面協力したNetflixの創業者で現CEOのリード・へイスティングスが『7 POWERS』に寄せた熱い「序文」を紹介する。2004年のある日、ヘイスティングスは自社に投資するヘッジファンドの運営者の来訪を受けた。経営状況の確認とばかり思っていたヘイスティングスは、その人物が語るNetflixへの評価のあまりの的確さに衝撃を受ける。それこそがハミルトン・ヘルマーとの出会いだった……。

『7 POWERS』の著者ハミルトン・ヘルマーとNetflixのCEOリード・へイスティングスの出会いPhoto: Adobe Stock

ハミルトン・ヘルマーとの
運命的な出会い

 今となっては想像もできないが、私(リード・へイスティングス)とハミルトン・ヘルマーとの関係は極めて儀礼的なものとして始まった。2004年9月29日、その日も私の手帳は多くの予定で埋まっており、ハミルトンとラリー・ティントによる来訪はその一つにすぎなかった。二人はNetflixに投資するヘッジファンド、ストラテジー・キャピタルの共同創業者だった。

 当時のNetflixは、顧客がオンラインでDVDを注文し郵送で受け取る「DVDs by mail」という事業を手掛ける小さな会社で、その2年半前に株式を公開したばかりだった。

 私は、この種のミーティングでのお決まりの流れ、投資家側が当社の経営状況を吟味し将来性があるかどうか探りを入れる、といった簡単な調査が行われる程度と思っていた。

 しかし、ハミルトンとラリーの口から語られた言葉はまったく予想外のものだった。ハミルトンはまず、自らが打ち出した斬新な戦略の構想である「パワー・ダイナミクス」の概要を歯切れ良く説明してみせた。続いてその構想に基づいてNetflixにとって戦略上、必要不可欠な事柄を鋭く見通したうえでの評価を示してくれたのだ。それはあまりに的確で、驚くべき内容だった。ミーティングはたちまち熱を帯びたものとなった。

IBMの失敗に学ぶ教訓

 そのときハミルトンが残した強い印象は徐々に私の内面に浸透し、5年後に一つの着想となって結実した。2009年を迎える頃には、ライバルだったブロックバスター社による脅威を乗り越え、会社の事業は軌道に乗り、売上は約17億ドルに届こうとしていた。

 それは苦労して手に入れた成功だったが、それでもなお、会社の前途には戦略上の脅威が待ち構えていた。「DVDs by mail」がもはや時代遅れであることは明白で、我々のビジネスには変化の波が迫りつつあった。しかも、グーグル、アマゾン、タイム・ワーナー、アップルといった、Netflixをはるかに凌ぐ資金力を持つ巨大企業が我々のライバルとして立ちはだかったのだ。

 長い起業家人生で学んだことであるが、戦略とは扱いの難しい珍獣だ。会社として戦略を成し遂げるには、私だけでなくNetflixのスタッフ全員が、相応の時間を犠牲にしなければならない。

 ところが、努力したからといって、成功が保証されるわけではない。戦略を正しく理解したうえで実行しなければ意味がないのだ。IBMによるPC(パーソナル・コンピュータ)事業は、まさに教訓とすべきものだった。

 IBMは画期的な製品を世に送り出した。世間の反応は素晴らしく、製品の発表直後に4万台、初年度だけで10万台以上の売上を記録した。それまで誰も目にしたことのない成功を収めたのだ。IBMのやり方は完璧だった。会社の最高幹部は自分たちの戦略に自信を持っていた。IBMのように失敗もせず、生産量を急拡大できる会社がほかにもあるとは、その当時は想像もできなかった。彼らのマーケティングも斬新なものだった。チャールズ・チャップリンがにこやかな表情を振りまき、コンピューティングの新たな世界へと私たちを誘うCMを覚えている方も多いのではないだろうか。

 だが、IBMは戦略の扱いを間違えた。マイクロソフトに対して、OS(オペレーティング・システム)を外注したうえ、ほかの企業に販売することを認めてしまった。史上最も成功したPCと言われたシステム360が持っていたネットワーク経済の優位性を、明け渡してしまったのだ。

 そればかりか、インテルからマイクロプロセッサーを調達する決定をしながら、一方ではハードウェアに組み込まれるアプリケーションの販売を引き続き促進したことで、PC事業はたんに入れ物を組み立てるだけの魅力に欠けるビジネスとなってしまった。その後の努力も空しく、この部門の立て直しは叶わなかった。そして、2005年にPC事業はレノボに格安で売却されるという結末を迎えた。

(次回に続く)
(本原稿は『7 POWERS』の序文からの抜粋です)