「なぜ、日本ではユニコーン企業がなかなか出てこないのか?」。この疑問への1つの回答となるのが田所雅之氏の『起業大全―スタートアップを科学する9つのフレームワーク』(ダイヤモンド社)だ。ユニコーンとは、単に評価額1000億円以上の未上場スタートアップではなく、「産業を生み出し、明日の世界を創造する担い手」となる企業のことだ。スタートアップが成功してユニコーンに成長するためには、経営陣が全てのカギを握っている。事業をさらに大きくするためには、「起業家」から「事業家」へと、自らを進化させる必要がある、というのが田所氏のメッセージ。同書のエッセンスを抜粋してお届けしてきた本連載。特別編として、日本のスタートアップがさらに今後、活性化していくために必要な視点や条件などについて、田所氏の書下ろし記事の第2回をお届けする(全7回を予定)。

【日本再生のカギ】スタートアップ業界で働く魅力―そのロマンとそろばんとは?Photo: Adobe Stock

スタートアップ業界で働く人材は、まだまだ少数だが…

 2021年のスタートアップの資金調達額は、約7800億円でした。

 調達額が7800億円だとして、だいたいそのうち人件費で7割を使います。すると約5400億円が人件費で使われたことになります。一人当たりの平均年収が600万円だとすると、約9万人がスタートアップ業界で雇用された計算になります。

 2021年の日本の就業者総数が6667万人だそうですが、そのうち4大卒のハイクラス的な人材が約4分の1ぐらいなので、約1600万人います。1600万人のうちの9万人分がスタートアップ業界とすると、0・5%ですから、まだまだ割合としては少ないですね。

 ハイクラス労働人材のうち5%超の18万人がスタートアップ業界に流れてくるようになると、ある意味、キャズムとかイノベーター理論でいうメインストリーム感が出てくると思うんですね。

 それでも10年前と比べれば、時代は相当変わってきたというか、スタートアップに入りたいという人は、着実に増えてきているように思います。

 10年前は、私もまわりでいろいろ見てきましたが、スタートアップに転職するのは相当な冒険でした。家族や友だちなど、色々な人から「やめておけ」と反対されるのが普通でしたから。

上場前のスタートアップの
CFOやCOOになる人が増えてきた

 今、我々も採用活動をやっており、採用媒体を使っていますが、スタートアップの求人がすごく増えてきたなと思います。

 また、一流企業というか、マッキンゼーやボストン・コンサルティング、ベイン・アンド・カンパニーなどにいた人が、普通にスタートアップに来るようにもなってきました。

 大手企業にいて、スタンフォードやハーバードでMBAを取ったような人たちは、これまではその後、投資銀行やファンドに行っていたと思うのです。それが、今のキャリアパスとして、いったんそこには行くものの、そのあと上場前のスタートアップのCFOやCOOになる人が増えてきた印象があります。

 例えば、SmartHRのCOOの倉橋隆文さんという方は、東大卒でマッキンゼーに入り、その後ハーバード・ビジネススクールへ行ったエリートです。その後、楽天の社長室で三木谷さんの右腕をやった後に、SmartHRのCOO(ナンバー2)になったのです。多分、ストックオプションも相当積まれたと思いますが。

スタートアップ業界では、
ロマンとそろばんの両輪が回り始めた

 ただ、こういう未上場の段階で、SmartHRで1700億円という資金調達がついてると、ストックオプションは0・5%でも、8.5億円になります。8.5億円は、普通にサラリーマンの年収だったら、約半分の4億円が税金として持っていかれます。

 でも、上場したときのキャピタルゲイン課税なら税率20%なので、1.7億円しか税金として持っていかれない。多分、投資銀行で年収5000万円で10年間、馬車馬のように働くよりも、上場前の有望なスタートアップでストックオプションをもらったほうが、よほど魅力的になったんです。

 これは10年前だとあり得ないストーリーでした。あり得ないというか、一般的なストーリーじゃなかったんです。

 スタートアップがなぜ時価総額にこだわっているかというと、100億円以上の時価総額で、だいたいナンバー2、ナンバー3、執行役員に入ると、0・何%というストックオプションがもらえるからです。

 あくまで仮にですが、上場したときから逆算したら、数億円が確定します。いわゆるロマンとそろばんで言う、そろばんの話です。

 ただ、ロマンとそろばんでいうと、当然ロマンも必要です。投資銀行へ行っても、多分、仕事の面でのロマンはどうでしょう? ひたすらポートフォリオを組んで、シミュレーションして、いかに利回りをよくするかとか、そういう話になってしまう。

 このロマンの部分で言うと、今までのスタートアップはロマンしかなかったんです。

 ただ、ロマンとそろばんという両輪が揃い出したのが、特に2017年ぐらいですかね。その辺から一気に変わってきた感はあります。それが、最近はさらに加速している状況かなと思っています。

 それを象徴するのがフリマアプリを運営するメルカリです。メルカリは、2018年6月マザーズに上場した時の時価総額が7172億円(終値5300円)でした(2022年6月に東証プライム市場に変更)。

 メルカリって業界では有名ですが、ストックオプション(自社株を予め決められた価格で取得できる権利)を20%出しているそうです。普通だと10%です。

 何が起こったかというと、ストックオプションが2割なので、時価総額7172億円だとすると約1400億円分の株がいろいろな人に渡ったということです。メルカリだけで、ストックオプションで6億円以上の資産を形成された人が、役員を除いて36人いるのです。その他にも1億円レベルだと100人、200人いる。メルカリの社員って2000人ぐらいなんですけど。

 これは何を示しているかというと、サラリーマンの生涯年収が3億円だったとして、ワンチャンですごく優秀なスタートアップに最初から入って、それで貢献してストックオプションがもらえたとすると、5年程度馬車馬のように働いたら、6億円稼げる可能性があるということなのです。そういう夢のある話ですね。

田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役社長
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動する。日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。日本とシリコンバレーのスタートアップ数社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めながら、ウェブマーケティング会社ベーシックのCSOも務めた。2017年、スタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。著書に『起業の科学』(日経BP)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『起業大全―スタートアップを科学する9つのフレームワーク』(ダイヤモンド社)等がある。