「あなたとは何か通じ合うところがあると思った」

 ようやく井戸からの脱出に成功した私は、大学で「わかる人」探しに奔走した。

 思いの外、それはすぐに見つかった。入学した直後、よくつるむようになった3つ上の先輩。読書家の彼は頭の回転が速く、私が言わんとすることを即座に理解してくれた。

 私はぽろりと言った。なんか、高校の友達とかとはもう話が合わなくなっちゃったんですよね、と。私が言うこと、難しくてよくわかんないって言われちゃうし。

 ああ、俺もそうだよ、わかる、と彼は言った。そういうのって本当に嫌だよね。でもこんなふうに同じレベルで話せるやつが数人いればいいよね。そうそう、そうなんだよと私は思った。彼の答えを聞いてますます、この世には「わかる人」と「わからない人」の2種類がいるのだと確信した。

 けれども、何かが妙だった。母親と話しているような感覚とは少し違っていたからだ。たしかに私の話を理解してくれる。でも母親と話しているときのような、本当に理解し合えているような感覚はなかった。

 どうしたんだろう、とも少し思ったけれど、それでも私はわかる人探しをやめなかった。「わかる人」にもいろいろなタイプがいるのかもしれない。

 それ以降も、大学で何度か、わかる人だと思う人に出会った。それは同じ大学の人のときもあれば、たまたま知り合った社会人のときもあった。でもやはり彼らの中に、母親と話しているときのような安心感はなかった。

 この差はなんだろう、と思った。この人たちと話していて面白いことは間違いないのに、それでも決定的な違いがある。自分には判断しきれない何かが、おそらく存在している。

「あなたとは何か通じ合うところがあると思った」と言ってくれた人もいた。

 そうだ。お互いに通じ合っている。お互い、やっぱり、話が合う人を求めている。自分を理解してくれる誰かを、「あなたと同じだよ」と言ってくれる誰かを求めている。そして、求め合った結果、私たちは出会って、話せている。はずなのに。

 なのに、どうしてか、自分の場所はここだ、と思えるような安心感はなかった。たしかに、同種の人間がいるのだという事実にホッとした感じはあった。けれども、それは本質を捉えてはいない気がした。私の心の中の核の、本当に重要な部分は、何も解決されていないのだ。それを解決しないことには、この心にぽっかりと空いたような虚無感は、不安は、消えてくれないのだ。

10年越しに気づいた「真実」の正体

 そうして生きているうちに、私は就活生になり、企業に就職し、社会人になった。「大人」と呼ばれるようになり、これまで許されていたことが許されなくなり、日々周りの人に迷惑をかけまくり、自分の無能さに腹が立ち、ミスするたびに情けなくて泣いた。

 よく聞く「社会に出ると時間の流れがあっという間」というのは事実で、本当に一瞬で月日が過ぎた。新入社員として会社に就職したときのことなんて、もはやずっとずっと遠い昔のことのように思える(実際7年も前のことなんだから、当たり前っちゃ当たり前なんだけど)。

 さて、そうやって毎日がむしゃらに生きているうちに、気がつけば、私の生活の中から「わかる人探し」はほとんど消えかけてしまっていた。

「周りの人と理解し合えない苦しみを共有したい」という思いを捨てられたわけではなかった。自分は誰からも受け入れてもらえないんじゃないかと思うこともいまだにあるし、同じような感覚の人ともっと知り合いたいという欲求も変化することはない。

 けれども、あれほど固執していた「悟り」や「開眼」に、私はこだわらなくなった。今の私の周りには、「わかる人」はいない。いや、「わかる人」なのかどうかの判断をしなくなった、と言った方が、近いだろうか。

 飲み会に行っても、「なんでこんなにくだらない会話してるんだろう」と思うことはほとんどなくなり、普通に楽しめるようになった。高校時代の友達と久しぶりに会っても、「子どもっぽい」とは思わなかった。「みんなすごいなあ」とか、「大人っぽくなったなあ」とか、「私もがんばらなきゃ」とか、以前は到底抱かなかった感想を抱くようになった。

 これは、素直になったと言うべきなのか、それとも、精神年齢が幼くなったというべきなのか。成長と呼ぶべきなのか、退化と呼ぶべきなのか。

 はたして、どうなのだろう。

 けれども、社会で生活するうちに徐々にわかってきたのは、「わかる人」という種族を生み出すことは、私が私の心を守る防衛手段だったのだ、ということだった。

 私はかつて本気で、この世の中で選ばれた人間のみが「わかる人」の方に振り分けられるのであって、それ以外の人間とは理解しあえることはないと思っていた。

 けれどそれは、「誰かに理解してほしい」「私は特別な人間だと言ってほしい」「誰も私を傷つけない場所で生きていきたい」という寂しさを少しでも軽減するために、未熟な頭でなんとか捻り出した理屈だったのだ。もてあました熱を押さえつける方法がわからなくて、折り合いをつけるために思いついたのが、「わかる人」という分類分けだった。

 この世には、2種類の人間がいる。「わかる人」と「わからない人」である。

 自分にとって都合の良い理論を作り出し、自分にとって都合の良い理論がこの世の「真実」であると結論づけようとした。私はさまざまなことを悟り、学び、気づいていた。そしてそれは普遍的な真理だと信じ、その真理を理解できない人間はバカであり、下等な種族だと見下していた。そうやって排斥することでしか、親以外の人間とうまくやっていけない自分を守れなかったのだろう。