「世の中をあっと言わせる企画を作りたい」「自分の夢を仕事で実現させたい」「ユーザーの気持ちがわからない」「企画書が通らない」「プロジェクトを成功させる方法が知りたい」など商品開発や新規事業を生み出す上でのあらゆる悩みを解決!
本連載の著者は「千に三つ」や「一生涯一ヒット」と言われる食品(飲料)業界において「氷結」「スプリングバレーブルワリー」「淡麗」「キリンフリー」など数々のヒット商品を生み出してきた和田徹氏。実は入社から12年間、ヒット商品ゼロだったという著者なぜ、失敗だらけだった人が、ヒット商品を量産できるようになったのか? 売れ続ける商品づくりの全技法を明かしたのが『商品はつくるな 市場をつくれ』(3月15日刊行)という書籍です。刊行を記念し、本書の一部を特別に公開します。

なぜ、12年間ヒットゼロのダメ社員は、総売上9兆円のヒットメーカーになれたのか?Photo: Adobe Stock

大ヒット商品の「共通点」

これまでの30年余り、私は商品づくりに携わってきました。

手掛けたのは、チューハイ「氷結」、クラフトビールの先駆けとなった「スプリングバレーブルワリー」、発泡酒の「淡麗」、世界初のアルコール0.00%ビール「キリンフリー」など。おかげさまで数多くの大ヒット商品に恵まれ、その総売上は、およそ9兆円となりました。

実は、これらの商品には共通点があります。「まだ見ぬ市場をつくった」商品であること。競合商品の追随ではなく、圧倒的なオリジナリティで、新たな市場を生み出してきたこと。これこそが「千に三つ」や「一生涯一ヒット」といわれる食品・飲料業界で大ヒット商品を連発してきた秘訣です。

12年間ヒット商品ゼロ――「冬の時代」

ちょっと偉そうに「ヒットメーカー」としての実績を語りましたが、実は、私にはお世辞にも有能とはいえない「冬の時代」を長年過ごした過去があります。

学生時代から、自分のつくったもので世の中をアッと驚かせたい、歴史を変えたい、と夢見ていた私。「ものづくり」という仕事への思い入れもあり、当時、その世界観に魅了されていたアルコール飲料メーカーに就職しました。

最初の4年間は営業部門に配属され、深夜まで飲食店や酒屋周りの日々。ヘトヘトになりながらも業績は振るわず、得意先や上司に怒られ続けた毎日でした。「こんな仕事辞めちゃおうか」と何度も悩みました。

しかし「いつか必ずスゴい新商品をつくるんだ」「世界を変えるんだ!」という夢は捨てきれず。当時の上司に「どうしても商品開発がしたい」と異動願いを出し続けました。

その甲斐あって、晴れてマーケティング部へ異動することになりました。ところが、最初の担当は新商品開発ではなく、ギフトセット。ギフトカタログや価格表をつくるのが主な業務です。そこでは誤植を連発し、何度も価格表に正誤表をはさみ込む大失態を演じました。最終的には上司もさじを投げ、1年ちょっとで担当変更になりました。

その後、国産ウイスキーやバーボンのブランド担当を経て、ついに、夢にまでも見た新商品開発担当になったのです。

しかし、何をやっても空回りで、ひとつとしてうまくいきません。どうにか発売にこぎつけた商品もまったく売れずじまい。文字通り、鳴かず飛ばずの、周囲の誰もが認めるダメ社員でした。