付加価値を消費者サイドから見る
3社の違いを見てみると、フェラーリやテスラが作っているのは“車のようなもの”です。本当の意味で車を作っているのはトヨタ自動車だけです。車という見た目だけで「自動車メーカー」であると判断すると本質を見誤ります。後でも述べますが、企業が提供している財・サービスの付加価値を考える時に、供給者サイドからではなく、需要者・利用者サイドから見ることがインベスターシンキングの要諦の一つです。
財・サービスの本質を捉えることができなければ、競争優位性を適切に評価することも不可能です。トヨタ自動車の場合、競争相手はフォルクスワーゲン、GM、フォード・モーターといった従来型の自動車企業が並びます。その中でトヨタ自動車のグローバルシェアはトップクラスですが、それでも10%程度ですし、中国などには多くの新興自動車メーカーが存在します。
トヨタ自動車には生産技術の素晴らしさなどにおいて高い競争優位性を認めることができますが、他の自動車メーカーにとっての参入障壁になっているとまでは言えなさそうです。
テスラが作っているEV産業そのものには技術的な参入障壁は低いと言えます。動力が内燃機関(エンジン)からモータに変わった時点で必要な部品点数が10%程度になり、エンジン車を作り込む時に必要な技術的な擦り合せなどが簡略化されているのです。そう、まるでスマホの組み立てのようですね。だから中国の新興企業がどんどんEV製造に参入してくるのです。
フェラーリの競合は普通の自動車メーカーではなさそうです。もちろんポルシェ、ランボルギーニなどの高級自動車メーカーとは競合関係にあります。しかし1台数千万円以上するフェラーリの販売台数が経済環境にかかわらずどの地域においても増加しており、購入から納車まで1年以上待ちの状況が常態化していることを考えると、他の追随を許さない競争優位性を築いていると言わざるを得ないでしょう。
長期潮流という観点で考えると、もっとも厳しいのは移動手段としてのエンジン車です。というのも、車の生産台数や需要台数は近年ほとんど増えていません。そのなかで成長するためには、増えないパイの取り分をめぐって競合企業と激しく争うしかありません。
今後はEVが従来のエンジン車を食って成長すると予想されています。全体の生産台数が伸びない中では、トヨタ自動車にとって逆風とまでは言わなくても順風ではありません。EVの台頭はテスラにとっては売上増加という面においては順風と言えます。しかし参入障壁が低いEVという市場において、EVの売上が増加するからといって利益が自動的に増大するわけではありません。
新規参入者がどんどん入ってくることによって収益性の持続性は未知数であると言えるでしょう。もっともテスラがEV以外のより付加価値の高い財・サービスで収益を上げることができれば素晴らしいのですが、現時点ではなんとも言えません。
いっぽうフェラーリの長期潮流について考えると、世界中で10億円以上の資産を持っている富裕層は増加し続けています。ですからフェラーリオーナーも間違いなく増えていく傾向にあります。
このように付加価値、競争優位性、長期潮流の3つの切り口からそれぞれの事業の経済性に関する仮説を立ててみると、私の回答はフェラーリだとおわかりいただけるはずです。
もちろん、実際に株式投資する時には事業の経済性のみならず、株価評価の高低も考慮に入れる必要があります。ここでは長期保有を前提にした事業の経済性の評価のみによる結論であるとご理解ください。
奥野一成(おくの・かずしげ)
農林中金バリューインベストメンツ株式会社 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)
京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2007年より「長期厳選投資ファンド」の運用を始める。2014年から現職。日本における長期厳選投資のパイオニアであり、バフェット流の投資を行う数少ないファンドマネージャー。機関投資家向け投資において実績を積んだその運用哲学と手法をもとに個人向けにも「おおぶね」ファンドシリーズを展開している。著書に『ビジネスエリートになるための 投資家の思考法』『ビジネスエリートになるための 教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』(いずれもダイヤモンド社)など。
投資信託「おおぶね」:https://www.nvic.co.jp/obune-series-lp202208
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