各業界のトップランナーらが絶賛する名著『直感と論理をつなぐ思考法──VISION DRIVEN』著者で、戦略デザイナーの佐宗邦威さんが代表を務めるBIOTOPE主催で「VISION-DRIVEN SUMMIT #1」が開催された。初回の対談ゲストは、マサチューセッツ工科大学教授で、MITメディアラボ副所長でもある石井裕氏。
アカデミアの最前線で「ビジョン駆動型の研究」を推進してきた石井氏は、ビジネスの領域でも「ビジョン・ドリブン」というアプローチが注目されていることを、どのように捉えているのだろうか? 各界トップランナーたちが絶賛する名著『直感と論理をつなぐ思考法』の背景にもなっている「意味や本質への回帰」について語ってもらった。(構成/高関 進)
「すぐれたモノ」ではなく
「意味のあるモノ」が求められている
佐宗邦威(以下、佐宗) 僕にとって石井先生は、まさに「北極星」のような道しるべ的存在です。じつは僕がイリノイ工科大学に留学することにしたのも、石井先生の講演を聞いたのがきっかけなんです。
石井裕(以下、石井) たいへん光栄なお話です。佐宗さんの『直感と論理をつなぐ思考法』のサブタイトルにもなっている「ビジョン・ドリブン(Vision-driven)」というアプローチの重要性については、僕も以前から主張してきました。
佐宗 アカデミアの世界で石井先生がずっと実践されてきた「ビジョン・ドリブン」は、ビジネスの世界でも確実に重要な考え方になってきていますよね。
石井 そのとおりです。ある製品が「すばらしい、安い、便利」というだけでなく、その製品に「意味」があるのかにみんなが目を向けるようになってきたからでしょうね。もっと言えば「なぜその会社が存在しているのか」「その会社は世界をどうしたいのか」という本質的な点が問われているわけです。
マサチューセッツ工科大学 教授/MITメディアラボ 副所長
日本電信電話公社(現NTT)、NTTヒューマンインタフェース研究所を経て、1995年、MIT(マサチューセッツ工科大学)準教授に就任。1995年10月MITメディアラボにおいてタンジブルメディアグループを創設。Tangible Bits(タンジブル・ビッツ)の研究が評価され、2001年にMITよりテニュア(終身在職権)を授与される。国際学会ACM SIGCHI(コンピュータ・ヒューマン・インタラクション)における長年にわたる功績と研究の世界的な影響力が評価され、2006年にCHIアカデミーを受賞、2019年には、SIGCHI Lifetime Research Award(生涯研究賞)を受賞。
「かたちだけのビジョン」はすぐ見透かされる
佐宗 90年代までのビジネスの世界では、会社は中期経営計画や事業戦略で動いていくのが当たり前で、「ビジョン」とか「経営理念」というのは、一部のビジョナリーな経営者がもっている「おまけ」的な位置づけでした。しかしそれが、この10年くらいで一気に変化しましたよね。
たとえば、パートナー企業を選ぶときにも、その会社がサービスなり事業なりの「未来」をどう考えているかまでを踏まえて判断するという流れが生まれてきています。
石井 才能ある若い優秀な人が会社を選ぶ理由も、給料が高いとか福利厚生の充実といったことではなくなりました。それこそ「この会社に『意味』はあるのか?」という、かなり深い哲学的とも言える問いをしているのです。
彼らは、すぐに捨てられるような製品をつくっている会社や、他社と同じような製品をつくっているような会社には、あまり魅力を感じない。そこには「意味」がないからです。
たとえば「エネルギー問題について御社はどう考えますか?」と会社に質問したときに、「うちは風力発電のエネルギーを使っているので大丈夫です」みたいな返事をする会社には、誰も入りたがらない。ごまかしだけのグリーンウォッシュには、ほとんど意味がないとわかっているからです。
いまの人が重視するのは、その会社が本質をとらえているかどうかです。それくらい「ビジョン」に関して厳しい目をもっています。
お客様もそれは同じです。モノがなかった時代であれば、便利で安くて壊れにくい製品をつくって、しっかりアフターフォローやメンテナンスをしてくれる会社が求められた。功利主義的な側面が大きかったわけです。
しかしいまの顧客は、価値や意味、夢やロマンを求めています。ビジョンの視点が不可欠になっているのです。
株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー 大学院大学至善館准教授/京都造形芸術大学創造学習センター客員教授
東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニーに入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を起業。BtoC消費財のブランドデザインやハイテクR&Dのコンセプトデザイン、サービスデザインプロジェクトが得意領域。山本山、ぺんてる、NHKエデュケーショナル、クックパッド、NTTドコモ、東急電鉄、日本サッカー協会、ALEなど、バラエティ豊かな企業・組織のイノベーション支援を行っており、個人のビジョンを駆動力にした創造の方法論にも詳しい。著書にベストセラーとなった『直感と論理をつなぐ思考法──VISION DRIVEN』などがある
ビジネスでも「あなたはどういう人間か?」が問われている
佐宗 ビジョンはテクノロジーだけではつくれません。ビジョンを生み出すときにはある種の「価値判断」が必要で、その裏づけになるような「哲学」や「美学」がない人にとっては、ビジョンづくりはかなり難しく感じられるようですね。
ちなみに、先生ご自身は、若い頃から哲学や美学に親しまれていたんでしょうか? あるいは、MITに行ってからより強く意識するようになったのでしょうか?
石井 私の場合は、詩集を携えてよく一人旅をしていました。一人旅でたくさんの詩を読み、人との出会いや別れを経験し、そのことによって救われていました。それがいまの研究に役立つなどとはまったく思っていませんでしたが、何を美しいと感じ、何を大切だと思うかといった自分なりの価値観を知ることができました。
「自分はこれが好きだ」「これはやりたくない」「これを信じない」ということを明確に獲得できたわけです。そのような自分の基盤をつくるという意味で、アートや生きるための力を身につける手法、いわゆる「リベラルアーツ」が大事だとつくづく思っています。
すばらしい仕事をしたりすばらしい技術をもっているだけでは、もはや人は尊敬されません。お金を儲けたり、何かをつくったりすることだけに長けていても「人間」とはいえないわけです。
いまの時代、私たちはつねに「あなたはどういう人間ですか?」と問われているんだと思いますね。「この人の話をもっと聞きたい」と思われるような人間としての深み・面白みが求められている。
「何が本質で、何が幻想なのか」を見極める力が必要になっているんだと思います。
(次回に続く)
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