小学校の夏休みが明けて、お子さんは学校生活のペースを取り戻してきているでしょうか。少しずつなじんできた学校・クラスで、友達との関係で悩んでいないか、反対に他の誰かを傷つけていないか……心配になることもあるでしょう。
もしも子ども自身が、他人の気持ちや行動をよく考えた上で適切な行動をとれるようになれば、社会の中でいたずらに他人を傷つけたり、反対に無用に傷ついたりせずに済むかもしれません。
カリフォルニア大学バークレー校および東京大学で教鞭をとる鎌田雄一郎氏が、ゲーム理論という論理の力を使って人の行動を予測する学問を研究している立場から、「論理的に相手の気持ちを想像する」力を養うことを提案します。

東大グローバルフェローが教える「ダメ!」を使わずに子どもを納得させる方法とは?Photo: Adobe Stock

相手の気持ちを考える

――ゲーム理論は、我々の日常での生活にどのように使えるのでしょうか?

鎌田雄一郎(以下、鎌田):ゲーム理論の式を使ってすぐに日常生活で役立つ、ということはないかもしれません。

 しかし、ゲーム理論の考え方を肌感覚でわかっていると、「相手の気持ちを考える」ことができるようになると思います。

 たとえば、子どもが何か、よくないことをした時。

 論理的に考えて話すことが重要だとわかっていても、つい感情にまかせて「ダメだからダメ!」のような説教をしてしまう方は多いのではないでしょうか。

 お子さんのほうもそれでは納得ができず腑に落ちない。

 親子関係でも友達関係でも、自分が納得し、相手も納得する形を探るには、相手の気持ちを想像することが必要です。

 相手の気持ちを想像できるようになれば、「なぜあの人はあのような行動に出たのだろう」と、相手の側の立場に立って、相手の事情に思いを馳せることができます。

 それは、人と人がお互いを理解し合う、第一歩です。

論理的に想像するメリット

――「相手の気持ちを想像する」ことを学ぶというと、まるで小学校の道徳の授業のようですね。

東大グローバルフェローが教える「ダメ!」を使わずに子どもを納得させる方法とは?
鎌田雄一郎(かまだ・ゆういちろう)
1985年神奈川県生まれ。2007年東京大学農学部卒業、2012年ハーバード大学経済学博士課程修了(Ph.D.)。イェール大学ポスドク研究員、カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院助教授を経て、テニュア(終身在職権)取得、現在同校准教授。2021年1月より東京大学経済学研究科Global Fellow。専門は、ゲーム理論、政治経済学、マーケットデザイン、マーケティング。著書に『ゲーム理論入門の入門』(岩波新書)、『16歳からのはじめてのゲーム理論』(ダイヤモンド社)。新刊に『雷神と心が読めるヘンなタネ こどものためのゲーム理論』(河出書房新社)がある。

鎌田:道徳の授業でも、もちろん相手のことを考えることは学べます。

 でも「相手の気持ちを想像する」やり方には実は様々な方法があり、ゲーム理論はその中の一つ、もしかしたら道徳の授業では学べなかったやり方を教えてくれます。

 ゲーム理論が特に重きを置くのは、相手の立場を論理的に想像する、ということです。

 論理的に相手の立場に立つことで、自分がどうすればいいかをも考えることができるでしょう。

 ゲーム理論というのは、複数の人間がいて、それぞれが何をしようとしているか考えることですから、相手の立場を論理的に想像することが当たり前になってくれば、相手の人が何を考えているかな、相手の行動にどんな意味があるのかなということを自然に考えるようになるはずです。

「ゲーム理論」と聞くと、その主たる応用先である経済理論が扱うような企業間の取引だったり、ずる賢い人間同士の本心を出さない駆け引きだったりを頭に浮かべる人がいるかもしれません。

 しかしゲーム理論の使い道はそれだけではなく、相手の立場に立って考えて行動するための第一歩にもなるのです。

「自分の知らない世界」がある

――「相手の立場に立って考える」というのは、鎌田先生の新著『雷神と心が読めるヘンなタネ』の帯にも書いてある、鍵となる言葉ですよね。鎌田先生は最前線の若手研究者でありながら、3冊の一般書を執筆されています。しかも、いずれもが入門書であることも興味深く感じました。研究活動と並行して入門書の執筆にも取り組まれていることには、どのような想いがあるのでしょうか。

鎌田:ゲーム理論は数式で考えることで状況をはっきりさせる学問ですが、もちろん日常のあらゆる場面において、ノートを取り出して数式を書いて考え方を決めるわけにはいきません。

 ただ、ゲーム理論を学んでいくことで、ゲーム理論特有の「論理的に想像する」視点を持って考えられるようになることが大事です。

 このような視点を持つことは、他人との関わり合う経験を積んだ大人になれば自然と身につく、なんてものでもありません。

 一方、そのエッセンスは、小学生からでも十分つかめるものです。だから、子どものうち、それこそ小学生のうちから「論理的に想像する」視点をぜひ持ってほしいと思い、入門書を書く活動をしています。

 他人の気持ちはもちろん、自分の知らない世界、想像しきれていない世界というのは、若ければ若いほど絶対あるでしょう。

 自分が見えている世界を、もっと広げるということを、特に小学生に面白がってもらいたいと考え、新刊の『雷神と心が読めるヘンなタネ』では小学6年生の主人公の物語を読み進めながら、読者が一緒に主人公の直面する問題を考えられるような形式で書きました。

 算数や数学、クイズが好きな人には特に、楽しんでもらえると思います。

東大グローバルフェローが教える「ダメ!」を使わずに子どもを納得させる方法とは?鎌田氏の新刊『雷神と心が読めるヘンなタネ』も好評発売中。

子どもたちの想像力を広げるために

――「論理的に想像する」視点を読者に持ってもらうために、ゲーム理論の内容を伝える以外で工夫されたことはありますか?

鎌田:はい、いくつかそういった仕掛けがあります。たとえば、登場人物たちが本当は何を考えているのかを完全にははっきり見せないようにしていたりします。

 よく知っているような知り合いでも、他人である以上、その人のすべてが分かるわけではなく、見えていない一面があるのかもしれないということにも、気づいてもらえたらと思います。

 そしてその先で、相手の気持ちを論理的に想像する姿勢が生まれてくれたら、とても嬉しいです。

 他には、意図的にダイバーシティーに関する話題やシーンを入れました。たとえば、一人親家庭、職業と性別に関するステレオタイプ、様々な名前、などです。こうすることで、読者の子どもたちの想像力の裾野がぐっと広がると考えています。

 ちなみにこういったことは、前著の『16歳からのはじめてのゲーム理論』でも意識して書きました。これは、高校生からビジネスパーソン向けの、ゲーム理論を題材とした物語です。こちらもぜひ、併せて読んでみてください。