「静かで控えめ」は賢者の戦略──。そう説くのは、台湾出身、超内向型でありながら超外向型社会アメリカで成功を収めたジル・チャンだ。同氏による世界的ベストセラー『「静かな人」の戦略書──騒がしすぎるこの世界で内向型が静かな力を発揮する法』(ジル・チャン著、神崎朗子訳)は、聞く力、気配り、謙虚、冷静、観察眼など、内向的な人が持つ特有の能力の秘密を解き明かしている。
同書によると、内向型の人は「他人の感情に敏感」だというが、強い言葉や表現をあまり使わない内向型のリーダーにとって、ときに「部下を叱る」というのは難しいことがある。同書が説く内向型のリーダーのあり方に共感を寄せる、経営戦略論の第一人者であり、慶應大学ビジネススクールの清水勝彦教授に、リーダーにとって「叱ること」と「ほめること」についてうかがった。(取材・構成 小川晶子)
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「叱る」も「ほめる」も関係性によって受け取り方が違う
――部下の力を引き出すには、ほめたほうが良いのか、叱ったほうが良いのかという議論はよく聞きます。近年は「ほめて伸ばすべき」が優勢のように感じていますが、清水先生はどう思われていますか?
清水勝彦(以下、清水):「叱る」「ほめる」をその一部分だけ切り出してどちらが良いかというのは、本質をとらえていないと思っています。「叱る」と一口にいっても、それまでの関係性がどうなのかによって全然違うからです。
人は基本的に叱られるよりほめられるほうが嬉しいですが、「この人になら叱られても仕方ない」と思ってしまう相手もいますよね。その厳しさが頑張ろうという気持ちにつながるわけです。
一方で、日ごろから言っていることとやっていることが違うような、信頼できない上司に叱られたら、腹が立つだけかもしれません。
――たしかにそうです。あまり叱られたくはないですが、尊敬している相手なら「叱ってくれてありがたい」という気持ちにもなりますね。
清水:ドモホルンリンクルで有名な再春館製薬を創業された西川通子さんは、地元熊本で桜十字病院という病院の経営もされています。
前にケース作成でインタビューさせていただいたのですが、西川さんは職員に対してかなり厳しく叱るという話が印象的でした。
患者さんへの敬意が足りない、ないがしろにしていると感じると、一つひとつ叱っていくそうです。ある幹部の人は、「自分の娘がこれほど叱られているのを見たら、すぐやめて帰ってこいと言うだろう」と思ったそうです。それほど厳しかったんですね。
ただ、それだけではありません。ほめるときはほめる。職員の待遇改善もしっかりとやる。給料を増やして休日を増やし、働きやすい環境づくりに投資をしています(※)。
――「叱る」と「ほめる」の両方があるわけですね。
清水:両方ないとダメなのだと思います。ただその「出し方」はいろいろあります。
「やさしい」だけでは成長しない?
清水:先日、シアトルに行った際に面白い発表がありました。厳しい(challenging)上司がいいか、思いやりのある(compassionate)上司がいいかという議論がありますが、部下の業績がもっともいいのは「厳しさも、思いやりもある上司」。逆に、もっとも業績が悪かったのは、「厳しさも思いやりもない上司」の部下。
面白かったのは、厳しくない上司の場合、思いやりと部下の業績はほとんど関係ないという点です。
最近は「共感力」や「心理的安全性」に注目が集まっていますが、企業においては同時にチャレンジングな目標を共有することが必要です。部下に対してやさしく接することは大切ですが、それが本当に活きるのは目標があるときで、そうでなければ「ぬるい関係」になってしまいます。
桜十字病院の西川さんにしても、「本当に患者さんのためを思う病院にする」という目標のために叱り、かつ、職員の待遇改善もしていたわけです。
叱るのが苦手なリーダー、叱られると萎縮する部下
――部下を叱るのが苦手なリーダーはどうしたらいいでしょうか。内向型のリーダーは叱るのが苦手かもしれません。『「静かな人」の戦略書』の中には、ミスをした人が叱責されるのは気の毒だと思ってかばってしまい、かえって問題をこじらせてしまった例が紹介されていました。
清水:叱ることも一つのチャレンジですよね。
ただ、苦手であれば、「叱るのが苦手だ」ということを伝えてしまってもいいと思います。
「私はあまり人を叱りたくない。だからといって、あなたに成長してほしくないわけではない」と伝えておくのです。「人を叱れない」=「弱い」「リーダーに向いていない」ということではありません。それぞれのリーダーのスタイルは違いますから、その場合は、違った形でフィードバックすればいいわけです。
大切なのは、自分がどういうリーダーなのかをわかってもらうことです。「厳しく叱ることはしないが、見るべきところを見てしっかりとアドバイスをする」というように伝えてはどうでしょうか。
――叱る「相手」が内向型というパターンについてもおうかがいしたいです。『「静かな人」の戦略書』によると、内向型の人は他人の感情を感じ取りやすい面があり、強い言葉に敏感に反応するそうです。叱られて萎縮してしまう相手に対して、気をつけるべきことはあるでしょうか。
清水:叱るだけの話ではありませんが、相手がどういう人なのかによって対応を変えることは大事です。
「叱るスケール」が1から5まであるとしたら、「この人には2で十分」「この人には5でいかないと」と考えることです。一律に3でいくというのは良くありません。
リーダーは「観察力」を持ち、相手に合わせてコミュニケーションをとることが非常に重要です。
>>次回「『これ意味なくないっすか?』生意気な若手に優れた上司はどう返す?」に続く
清水勝彦「桜十字病院(A):「あたりまえ」をめざして」
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