「静かで控えめ」は賢者の戦略──。そう説くのは、台湾出身、超内向型でありながら超外向型社会アメリカで成功を収めたジル・チャンだ。同氏による世界的ベストセラー『「静かな人」の戦略書──騒がしすぎるこの世界で内向型が静かな力を発揮する法』(ジル・チャン著、神崎朗子訳)は、聞く力、気配り、謙虚、冷静、観察眼など、内向的な人が持つ特有の能力の秘密を解き明かしている。騒がしい世の中で静かな人がその潜在能力を最大限に発揮する方法とは? 本稿では、本書より内容の一部を特別に公開する。
「ま、いいか」が口癖のアシスタント・マネージャー
アリスは金融業界でアシスタント・マネージャーとして働いていた。
「ま、いいか」「気にしない」がいつもの口癖。彼女はほかのみんなと意見が食い違うことを嫌い、部門のなかで浮いた存在になるのを恐れていた。
彼女はいつも思っていた。
「グループに溶け込んで、みんなが気分よくすごせるように心がければ、きっと好かれるはず」とか、「まあ、いいか。私のアイデアもまあまあで、たいしたものじゃなかった。重要なのは会議の結論を出すことだし、みんなで目標を達成したんだから」
とか。
ときには自分に向かって、こんなふうに言い聞かせた。
「とにかく完璧なプレゼンをすること。みんなの足を引っ張ったり、重荷になったりしたくない。そんなことをしたら、みんなに嫌われてしまう」
彼女がつねに他人の意見を尊重するだけで、自分の考えを一切出さないので、みんな彼女のことを、創造力に欠け、アイデアのない人だと思っていた。
マネージャーたちから「自分の意見がない」と思われていただけでなく、同僚たちからも「存在感がない」と思われていた。
アリスは協調性が高すぎて、つねにチーム第一で考えるあまり、部門内で絶対に波風を立てなかったのだ。
ところがある日、大きな問題が発生し、誰の責任かを話し合った席で、彼女は矢面に立たされた。そして彼女の協調性とチーム第一主義が、こんどばかりは裏目に出てしまった。
何でも「自分のせい」で終わらせていると何が起こる?
事の発端は、アリスの部門と他の部門間の連絡ミスだった。その結果、会社はアリスの担当の顧客に対し、二重の請求をかけてしまったのだ。
運の悪いことに、その顧客は金銭にうるさいことで有名で、案の定、大騒ぎをした。
厳密に言えば、すべての請求と取引はコンピューターシステムによって処理され、管理されているはずだから、こんなミスが起こりうること自体に顧客は激怒していた。
これまでアリスは顧客担当係として、その顧客とも非常にうまくやっていた。彼女はつねに相手の立場になって親身に対応していたから、うるさい顧客も彼女には厚い信頼を寄せていた。そのためマネージャーも、その顧客との連絡はアリスに任せていた。
だが今回、烈火のごとく怒っている顧客のもとへ駆けつけた彼女は、まさに茫然自失の状態だった。ただ逃げ出したい、どこかに隠れてしまいたいとしか思えなかった。
つねに穏やかで親しみやすい、楽天的な彼女が、まるで別人のようだった。
簡単にはいかなかったが、同席したマネージャーの助けもあって、アリスはどうにか顧客をなだめることができた。
だが会社に戻ったとたん、こんどは上の人たちから、今回の件で厳しい叱責を受け、彼女はまたもや窮地に立たされた。
じつは事の真相は、顧客からの問い合わせがあった際、アリスのサポートを行うべき他部門の担当者が、アリスの指示を誤解してしまったせいで、処理を間違えたのだ。
しかし、アリスは相手を思いやるあまり、その担当者が叱責や処分を受けるのは気の毒だと思い、相手だけに責任を負わせたくないと考えた。そこで、今回の件に関わる全部門の担当者が集まった会議で、彼女はやさしく言った。
「もしかしたら、私の伝え方が明確ではなかったせいで、あなたに誤解させてしまったのかもしれません。これからは二重にチェックして、同じ問題が二度と起こらないようにしましょう」
アリスがこのような対応をしたために、彼女の上司は権限を行使して事態を収拾することができなくなってしまった。
いっぽう他部門の上司は、自分たちの側に落ち度があることを知っていたが、アリスがそう言ったので、これ幸いとばかりに何も言わなかった。
おかげで、事態はまるく収まった。
会議室を出て、これで一件落着、と肩の荷が下りたアリスは、安堵のため息をついた。だからそのあと、上司のオフィスに呼び出され、大目玉を喰らったのは、まったくの不意打ちだった。
「明らかに向こうの落ち度じゃないか! 君がやるべきことは、彼にちゃんと責任を取らせることだったんだぞ。いったい何を考えてたんだ? なぜ向こうをかばって自分が責任を取ろうとするんだ? そんなことをやってると、君はいずれもっと深刻な窮地に陥ることになる。部署全体の責任につながることだぞ!」
アリスはショックを受けた。自分なりにうまく事を収めたつもりだったのに、まさか上司がこれほど激怒するなんて。彼女は心のなかでつぶやいた。
「ああ、ちっとも丸くなんて収まらなかった。上司の前で完全に失敗してしまった。部内のほかの人たちにだって、よく思われていないし。でも、しょうがない。笑って耐えるしかない」(中略)
私生活であれ職場であれ、いつも問題から逃げてばかりいると、自分自身でコントロールできることがだんだん減っていってしまう。もめごとは、互いのコミュニケーションや理解のしかたについて、新たな方法を学ぶ絶好の機会にもなる。ピンチを無駄にせず、むしろチャンスととらえよう。
(本原稿は、ジル・チャン著『「静かな人」の戦略書──騒がしすぎるこの世界で内向型が静かな力を発揮する法』からの抜粋です)
ミネソタ大学大学院修士課程修了、ハーバード大学、清華大学でリーダーシップ・プログラム修了。ハーバード・シード・フォー・ソーシャル・イノベーション、フェロー。アメリカの非営利団体でフィランソロピー・アドバイザーを務める。過去2年間で行ったスピーチは200回以上に及ぶ。15年以上にわたり、アメリカ州政府やメジャーリーグなど、さまざまな業界で活躍してきた。2018年、ガールズ・イン・テック台湾40アンダー40受賞。本書『「静かな人」の戦略書』は台湾でベストセラー1位となり、20週にわたりトップ10にランクイン、米ベレットコーラー社が28年の歴史で初めて翻訳刊行する作品となり、第23回Foreword INDIES「ブック・オブ・ザ・イヤー」特別賞に選出されるなど話題となっている。現在は母国の台湾・台北市に拠点を置きながら、内向型のキャリア支援やリーダーシップ開発のため国際的に活躍している。Photo by Wang Kai-Yun