遅考術

論理的な思考が苦手で、いつも「考えが浅い」と言われてしまう……。もっとキャリアアップしたい、自分をより成長させたいと思うビジネスパーソンにとって、「情報を正しく認識し、答えを出すこと」は大きな課題だ。しかし思考力を高めたくても、具体的に何から取り組み、どう訓練すればいいのかわからない人も多いだろう。
そこで参考になるのが、『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」』だ。著者は、科学哲学が専門の植原亮教授。本書では、意識的にゆっくり考えることを「遅考」(ちこう)と定義し、本当に頭がいい人の思考のプロセスを解説。52の問題と対話形式で、思考力の鍛え方を楽しく学べる名著だ。
20万部突破のベストセラー『独学大全』著者・読書猿氏も推薦の本書。本稿では、著者の植原教授に、「評価されやすい人」「されにくい人」をテーマにインタビューを実施。スピード重視で浅い思考の呪縛から解き放たれ、自力で「深い思考」に到達するためのポイントをお届けする。(取材・構成/川代紗生、撮影/疋田千里)

他人の貢献度は低く、
自分の貢献度は高く見積もってしまう理由

──『遅考術』には日常生活で活かせる知識が豊富に含まれていて、「あれはこういうことだったのか」と、人生の答え合わせのようになる場面がたくさんありました。たとえば、「共同プロジェクトへの貢献度」という問いは、個人的にとても印象的でした。「仕事あるある」だなあ、と。

植原亮(以下、植原):5人のメンバーからなるチームで、共同プロジェクトに取り組んだ、という問題ですね。

成果が出てきた半年後くらいに、「この半年間で自分が全体に対してどれくらい貢献したと思うか」を誇張も謙遜もなく「正直に」回答してもらう。すると、各々自身の貢献度を過剰に見積もる傾向が見えてきた、という。

──仕事でよくある悩みも、これが原因なのかなと思いまして。「なんでいつも私ばっかり」と、チームメンバーそれぞれが不満を抱えていて、チームワークが悪くなる、ということもよくあるじゃないですか。

植原:「利用可能性バイアス」は、記憶から容易に呼び起こせることから割合や可能性の大きさを見積もることにまつわるエラー。

自分がやった仕事なら、自分自身で経験したことだからすぐに思い出せるけど、他の人の仕事についてはたいてい、そうではない。

より利用可能性が高いのは、自分がした貢献の記憶だから、そこでバイアスが働き、自分の貢献度を実際よりも大きく捉えてしまうわけです。

たった1人の「個人的エピソード」に影響されていないか?

植原:さらに言えば、人間は統計が苦手で、その裏返しとして「……という経験をしてね」といった個人的なエピソードに影響されやすく、わりと説得力を感じてしまうんです。

芸能人が「私はこれで健康になりました!」みたいな体験談を語るCMなんかも、よくあるじゃないですか。たった一つの体験談でしかなく、再現性があるかどうかは統計的に見てみないとわからないのに、個人的エピソードを「根拠」として採用してしまう。

人間にはこういった、自動的にパッパッと価値判断をしてしまう思考システムが存在します。その思考システムのエラーで誤った判断をしないように、じっくりトコトン考える方法を学びましょう、というのが今回の本のコンセプトでもありますね。

──さきほどの例のような、「チームメンバーで自分はどれくらい貢献して、他のメンバーはどれくらい貢献したか」を判断する場面でも、個人的エピソードなどに左右されることはあるのでしょうか。

植原:お互いに、自分自身の個人的エピソードで相手を判断する、という場面は発生しうると思います。「私はこういう経験をしたから、これが正しいに違いない」というように、無意識に、自分の尺度で相手を評価している可能性もありますね。

──リーダーや管理職になると、チームメンバーをよく見て評価しなくてはいけませんが、冷静に判断するのはとても難しいことなんですね。

植原:ええ、でも、「他人の評価をするというのは、概して難しいものなんだ」と認識しておくこと自体が重要なんです。

自分では経験できないのが他人ですし、自分には見えない側面はどうしてもある。そうした見えない部分があるにもかかわらず、パッと浮かんできた思いつきと個人的エピソードで、「努力が足りないからだ」というように評価してしまうのは避けたいですよね。