できる起業家は他力活用で上場を果たす

起業して上場を果たすには、先進的な技術や特殊な才能が必要というイメージがあるかもしれない。しかし、『パラレルアントレプレナー』を読むと、それが必須条件ではないようだ。大切なのは方向性をきちんと見極めること。そして、スタートアップ企業がつまずきがちな問題を、外部のリソースなどを活用しながら事前に回避していくこと。それには、ビジネスの目利き力のある、経験豊富なメンターの獲得が何より重要になる。ここでは同書からそのエッセンスを抽出して紹介する。

エンジェルでもVCでもない新たな投資家「パラレルアントレプレナー」

 イーロン・マスクのように、新しい事業を自ら起こして軌道に乗せ、ある程度のところまで成長すると売却してまた新たな事業を起こすことを繰り返す起業家のことをシリアルアントレプレナーという。これに対して、複数の企業を並行(parallel)して起ち上げ、育てていく起業家・投資家を著者の佐藤秀哉氏はパラレルアントレプレナーと呼んでいる。

 佐藤氏は東証プライム上場の株式会社テラスカイの代表取締役社長である。パラレルアントレプレナーとして、2019年に1社、2022年2月にBeeX(現グロース市場)、この9月にキットアライブ(アンビシャス市場)を上場させたほか、7社がテラスカイグループ企業の一員として成長を続けている。こうしたスピード感を実現可能にしているスキームは以下のとおりだ。

 新しい事業分野を見つけると、時には何年もかけて社長を任せる人材をスカウトし(同書では「バディ」と呼んでいる)、会社を設立する。新会社の出資金は原則、パラレルアントレプレナー側が半分以上を負担し、テラスカイの連結子会社としてスタートする。

 一般的なエンジェルやVCは、上場の可能性がありそうな出来合いの企業に単に出資するだけか、せいぜい財務や上場に向けてのアドバイスをする程度だが、パラレルアントレプレナーである佐藤氏は社外取締役として経営に関わり、設立当初から経営に伴走する。

 上場企業のグループ会社であるという社会的信用を提供するだけでなく、新会社の商品やサービスをテラスカイグループで実際に営業したり、経理・総務などのバックオフィス業務も代行したりするなどして、新会社が本業に注力できる環境を提供する。

 そして、上場を果たした際には、バディも出資額に応じた創業者利益を受け取る。ただし、上場をゴールとしているわけではなく、可能な限り共に成長し続けていくことを前提としている。その一方で、テラスカイグループに縛りつけるようなことはなく、あくまで双方の意思次第となる。親子上場の規制が強まっていることもあり、前出のキットアライブも、当初はテラスカイが3分の2の株式を保有していたが、上場を経て2分の1以下となり、連結子会社からは外れている。

経験豊富なメンターを見つけられるか

 こうしたエコシステムにより、著者がパラレルアントレプレナーとして関わった企業は順調に業績を伸ばしており、これまでのところ失敗例がない。ベンチャー企業やスタートアップ企業というと、投資する側は10社に1社が大成功すれば御の字で、残りの失敗は成功のためのコストとして考えられているケースが多いなか、驚異的といってもいいだろう。

 一方で、再現性があるということは著者の手法にならえば、これから起業する人も、現在スタートアップ企業を経営している人も、成功の確率を高められるということだ。

 まず注目すべきは、事業のアイデアはパラレルアントレプレナー側で見つけている点だ。業界のトップを走っていると、それだけで二番手以下と情報の集積で大きな差が生まれるという。顧客が多ければそれだけ相談件数が増え、情報だけでなく実績も積み上がっていく。最新のテクノロジーの売り込みも後を絶たない。その結果、手つかずの成長分野や未来の動きを見通す、目利きの力が違ってくる。断然有利に事業を運べるわけだ。

 対して、スタートアップ企業では「技術シーズはあるが事業化できない」「製品はあるがどこに売り込み先があるかわかならい」という悩みを抱えるところが少なくない。起業家がスタートアップ企業のメンターの役目を担うシステムが自然と確立されたことがシリコンバレーに繁栄をもたらしたように、経験豊富なメンターとのつながりは必須だろう。

 著者は前述のとおり社外取締役としてボードの会議にも毎回出席しているが、その核となるのは個々の会社にあったKPIを定め、課題を検証し、解決策を見つけることだという。業界と経営の両面にわたって豊富な知識がなければ、できることではない。

 たとえば、ある数字を下回ると社内で遊んでいるエンジニアが多く利益率が悪化し、上回るとオーバーワークとなってブラック化が始まることもデータで出ているという。ベンチャーやスタートアップで心配しなければならないのは主に後者だという。

 同書はパラレルアントレプレナー側の視点で語られているが、上場を目指すのであれば、メンター探しは必須といえるだろう。

BtoBの成功の鍵を握る信用力

 また、スタートアップ企業に立ちはだかる、もう一つの課題が信用力の確保だ。特にBtoBにおいては、どんなに技術力や製品・サービスに優れていても、信用がなければ話を聞いてもらうことすら難しい。仕事の機会を得られなければ、実績を残して信用を高めることもできず、そのままフェードアウトすることにもなりかねない。

 地道な営業活動と並行して必要なのは、信用の“後ろ盾”だ。著者のパラレルアントレプレナーとして成功している大きな要因も、テラスカイグループの顧客3000社の信用を無条件に獲得できることになる。加えて顧客について知り尽くしていることから、立ち上げた会社で提供するサービスをどこで売ればいいか、誰が求めているのかについて、悩む必要はほとんどなく、即販売に入ることができる。

 さらに、サービスや製品を投入後、テラスカイと共同でセミナーを開催したり、テラスカイ発の情報として発信したり、直接紹介したりするなど、同社の信用力の傘の下、無理なく販路を広げていくことが可能になる。

 成功しているスタートアップ企業は多くの場合、他力を上手に活用している。著者自身も1社目となるテラスカイの成功要因として、過去に所属していたIBM時代の同僚の存在や、セールスフォールスとのつながりを挙げている。

 著者はそうした出会いを「運」と表しているが、同書を読めば、運は自分でつかむものだということがよくわかる。社長を任せている“バディ”との出会いも運がなければなかったかもしれないが、たゆまぬスカウト活動があってのことだ。

 自社が上場なんて無理と決めつけず、自力に費やしている努力の一部を一度、メンターや後ろ盾の獲得に転じてみてはどうだろうか。他力が道を一気に切り開いてくれるかもしれない。