早とちりや事実誤認といった「思考のエラー」は、誰にでも起こりうる。だからこそ、「情報をいかに正しく認識し、答えを出せるか」で差がつく。そのためには「遅く考える」ことが必要だ――そう説く一冊が、哲学者の植原亮氏による新刊『遅考術』だ。
その根幹となる「遅く考えるスキル」を、読書や物語という観点から読み解き、その有用性を指摘しているのが『物語のカギ』の著者で、書評家の渡辺祐真氏だ。今回は、同氏に「物語を読み込むコツ」ついて話を伺った。(取材・構成/前田浩弥)
物語に心地よさを感じたら、「遅い思考」を作動させてみる
――以前の回で「物語には危険な側面がある」とおっしゃっていました。物語を悪用したケースで被害に遭わないために、気をつけるべきことはあるのでしょうか。
渡辺祐真さん(以下、渡辺):このインタビューの第1回でお話しした、思考の「システム1」(速く、直観的な思考)ではなく、「システム2」(遅い思考)を使ってみることです。
物語をおもしろく感じられるのは、「システム1」に訴えかけてくるからです。何も考えずとも、感情だけが揺さぶられて「おもしろかった」とか「あいつは悪い奴だ」とか思わせてくる。
逆にいえば、「システム1」にいかに訴えかけられるかが、よい物語とそうでない物語の分かれ目でもあります。
でも、これも第1回でお話ししたように、「システム1」はエラーを起こしやすい。人間が陰謀論や疑似科学にハマりやすいのが最たる例です。だからこそ、物語に対しては「システム2」を意識的に作動させる必要が出てくるんです。
意識的に「読み込む」ための力が身につく2冊
――物語を前にして、上手に「システム2」を作動させるには、どうすればよいのでしょうか。
渡辺:最近、いい本が2冊出たんですよ。『遅考術』と『物語のカギ』です(笑)。
『物語のカギ』は、物語に対して「こういうところを見るとおもしろいよ」というポジティブなメッセージを込めた本です。
それと同時に、「こういうところに気をつけてください。相手はこうやっておもしろがらせにきますよ。こういうところに着目すると、システム1に飲み込まれずにすみますよ」という兵法の書でもあります。物語のフォーマットを全部、バラしちゃっているわけですからね。
これをもう1段階高いレベルで記しているのが『遅考術』で、さまざまな「思考のフォーマット」を使って、「システム2」を適切に作動させる方法をまとめています。
この2冊を読んでいただければ、耳あたりのいい物語に「システム1」を煽られて、そのまま飲み込まれる心配はなくなるでしょうね。
――さながら「詐欺対策マニュアル」のようですね(笑)
渡辺:その通りです(笑)。詐欺はまさに、物語のフォーマットをうまく使った犯罪ですからね。
しかも相手は「時間がない」と焦らせて、「システム1」で処理させようとしてきます。
だから、ちょっと落ち着いて「システム2」を作動させる。すると適切な判断を下すことができます。
同じように、物語に没入しそうになったときには「システム2」を働かせることで、人間は誤った情報にハマって誤った選択をする可能性をぐっと減らすことができるようになるんです。
情報が氾濫している時代では、ついついシステム1で処理しがちになってしまいます。それでは、現実をただ追認するだけで、流されていってしまうでしょう。
だから、踏ん張って、システム2でじっくりと向き合う。そうして見えてくる世界は、人に踊らされるより、もっと楽しく思えるのではないかと思います。
1992年生まれ。東京都出身。東京のゲーム会社でシナリオライターとして勤務する傍ら、2021年から文筆家、書評家、書評系YouTuberとして活動。テレビやラジオなどの各種メディア出演、トークイベント、書店でのブックフェア、学校や企業での講演会なども手掛ける。
毎日新聞文芸時評担当(2022年4月~)。
著書に『物語のカギ』(笠間書院)。編著に『季刊アンソロジスト』(田畑書店)。連載に『スピン/spin』(河出書房新社)など。