中国EC企業幹部と会話した際「日本企業はもっと我々のOS(Operation System)を活用し尽くして、世界市場での成長につなげてほしい」と言われ、大きな衝撃を受けた。ECプラットフォームではなく、“OS”である。確かに彼らは世界中でECのみならずリアル小売企業を買収し、データマーケティングツールを豊富に持ち、AIやクラウドテクノロジーにも投資するなど、すでにEC企業の枠組みを越え、顧客企業のビジネスをE2E(End to End)で支援できるリソースを保有している。
ただし、いまだに日系企業は、「ECは(リアルチャネル同様の)1つの販売チャネル」と見なす傾向が強く、せっかくの成長ポテンシャルを発揮できていないようにEC企業幹部からは見えているということだ。本書『世界で売れ。』のメッセージは、日系企業はもっとEC企業のOSを使い倒して、グローバル成長につなげよう、ということに尽きる。
CSを疎かにする日本企業
ここで再度、日本企業の立ち位置を振り返ってみよう。
実は、日本企業の多くが有力EC企業の戦略的パートナーを狙うどころの話ではない状況に置かれている。中国大手EC企業のB2C(Business to Customer)サイトに「自社旗艦店(Flagship store)」を立ち上げていない日本企業はいまやほとんどないが、そのオペレーションレベルは高いとは言えず、出店することが目的化している場合も多い。
それは、前述したEC運営力クイック診断シートにも明確に表れている。これが何を意味しているのか。それは、欧米のグローバル先進企業やローカル企業と比べて、日本企業がさまざまな面でチャンスロスをしているということだ。たとえば、某日系企業の旗艦店は、中国ECでサイトを訪れた消費者の購買転換率(CVR:Conversion Rate)を向上させるうえで極めて重要な「CS(Customer Support)」を疎かにし、問い合わせた消費者に適切な対応をしていなかった。
私たちが試しにCSスタッフに質問を投げかけたところ、レスポンスが返ってきたのは5時間半後であった。このレスポンスタイムの長さは、他の商品の購入に気持ちが変わるどころか、そのブランドに対して持っていた好感度が低下するには十分すぎる時間だろう。また、質問を送った際に戻ってきた自動返信には、「12~13時の間、CSは昼休憩を取っています」とも明記されていた。消費者の閲覧や問い合わせは、通常昼休みに集中するものであり、基本的な対応体制すらとれていないのだ。
こうなった原因は、ひとえに日本企業が中国の消費者を知らなかったことにある。一般的に中国の消費者は、買いたい商品があると、オペレーターとチャットで対話しながら購買の意思決定をしたり、アドバイスに応じて関連商品を同時に買ったりする。リアル店舗で店員とおしゃべりしながら、購入する商品を変更したり、ついで買いをしたりするのと同じ感覚だ。EC=コミュニケーション、それが中国の消費者のECの利用の仕方なのである。
ちなみに、この日系メーカーはECオペレーション支援を専業とするパートナー会社にCS業務を委託していたが、委託すること自体は問題ではない。問題は「丸投げ」していたことだ。もし、欧米のグローバル先進企業のようにKPIを設定し、適切に評価・コントロールしていれば、このような事態を避けられただろう。つまり、中国ECの勝ち方に対する基礎的な理解を深めることが喫緊の課題だといえる。日本企業は、戦略的パートナー云々を語る前に、足元でやるべきことが山ほどある。
ECバイヤーとのミーティングは「マーケティング会議」
日本企業は、海外ECの経験もノウハウも不足しているが、それよりも大きな問題は「ECに取り組む意識・スタンス」そのものにある。急伸するECに対応するためには、営業本部内にECグループを立ち上げ、リアルチャネルを担当していた営業を異動させて担当させるといった場当たり的な対応では、すでにECジャイアントたちと太いパイプを構築している欧米のグローバル先進企業には太刀打ちできない。納価や棚スペースを交渉するだけでよかったリアル営業と、“変数”の多いEC営業とでは訳が違うのだ。
私も何度も出席したが、中国のECバイヤーとのミーティングは、商談というよりもマーケティング会議に近いものがある。これまでのリアルチャネルに対する営業が価格・販促費中心の条件商談(Push)だったとすれば、ECのそれは「バイヤーと共同で、消費者の心をつかむためのマーケティング会議」(Pull)である。大手EC企業の生活用品カテゴリのトップは、「メーカーとは消費者に付加価値をどのように提供するかを一緒に検討し、“EC顧客”を創造していきたい。そうすることが、結果的にお互いのビジネス目標の達成につながる」と話す。
彼の言葉が何を意味するのか。それは、ECに的確に対応するためには、根本的な発想の切り替えが必要だということだ。ECには売り場スペースが無限にあり、日々プロモーションを機動的に変更できるうえ、大量のトランザクションデータやプロファイルデータを入手できる。このような変数や打ち手の極めて多いECに対応していくには、人材、組織、業務オペレーション、費用配分の仕方、そのすべてをEC向けに丸ごとつくり変える必要がある。これは、ある意味、新規事業創造に近いだろう。
もちろん、このような大掛かりな“改造”になると、とても現場の部長レベルでは手に負えない。中国やインドなど各国・地域のCEO自ら一定期間EC事業部長を兼任させるくらいの思い切りが必要である。欧米のグローバル先進企業と比べて1周どころか2、3周遅れの現在、日系企業のトップには大変革への相応の覚悟が求められるのである。