この時期にはまた、「一億総中流」とも言われていた。就労機会を得て、継続することができれば、中流にはなれた。背景に高度産業化があったことは、事実である。しかし、同時に強い累進課税制度があり、中流層の税負担が小さかったことは無視できない。所得税の最高税率は、1974年に75%、1984年にやや引き下げられたものの70%であった。この時期、所得税の最高税率は引き下げられて行き、1999年には37%となる。前後して、1991年のバブル崩壊・1995年ごろから激化した人員削減と雇用の非正規化・1990年代後半の「就職氷河期」到来、となった。この間、日経連(当時)は1995年に「新時代の『日本的経営』」を取りまとめ、その方針は経済企画庁(当時)の方針へと反映されている。

 生活保護制度には、「そんな制度があるから『働いたら損』になる」という批判が多い。確かに、「働いたら損」「納税したら損」ならば、誰もが勤労意欲も納税意欲を減退させるだろう。累進課税制度が見直され、最高税率が引き下げられた時にも、その理由は「『働いたら損』『稼いだら損』にならないように」とされていた。

 いま、歴史的経緯を振り返ってみると、

 一億総中流→累進課税緩和→不況→税収減少→社会保障削減

 という流れとなっている。これらの「→」がすべて、直接の因果関係であるとは限らない。この他に、リーマンショックや東日本大震災など、日本の内政と無関係にもたらされた問題もある。しかし、累進税率緩和が中流層を減少させたということを、一連の成り行きの引き金と見ることはできないだろうか?

 さて、特別部会報告書に戻ろう。現在の状況をそのままにしておくと、何が懸念されるか。2ページ下には、

「勤勉な労働力というこの国の最大の資源が失われていく」

 とある。困窮者支援の目的は、困窮者自身の幸福感や達成感を向上することや、生活レベルの向上ではない。資源としての労働力を確保することである。この記述を見る限り、報告書自身がそう語っている。もし、そのような内容を意図しているのではないのならば、もう少し異なる書き方がされているだろう。

支援者に“よけいなお世話”をされる
困窮者のイメージ

 特別部会報告書の11ページには、このような図がある。困窮者が、相談員に相談する。相談員は、困窮者の困窮の内容に対応して、多様な支援機関・支援者をコーディネートする。支援機関・支援者には、福祉事務所・ハローワーク・社会福祉協議会・事業者・NPO・医療・教育などが含まれている。多様な支援者のオプションの1つとして、「インフォーマルな支援組織」がある。信頼できる近隣の人々、友人、知人などが想定されている。