アディポネクチン(以下、アディポ)をご存じだろうか。脂肪細胞が分泌するホルモンで筋骨格での糖消費を促進し、インスリン抵抗性を改善するなど抗糖尿病、抗動脈硬化に働く「善玉ホルモン」として知られている。脂肪量が下がると、逆に分泌量が上昇するという特徴を持つ。研究の歴史が浅く生理作用の全容は解明されていないが、ここ数年は抗がん作用が注目されている。
先月、米がん研究振興財団の機関誌に報告された研究では、血中アディポ値が下がると膵臓がんの発症リスクが上昇することが報告された。性別、喫煙の有無、肥満度、運動習慣の有無とは関係なく独立して膵がん誘発に働くらしい。日本の国立がん研究センターの予防研究部が2010年にがん専門誌に報告した研究では、大腸がんとの関係も示されている。
この研究では同研究センターで大腸がんの内視鏡検査を受け、がんが見つかった人と無罪放免の人を対象としている。両グループで血中アディポ値を測り、高値群(男性5.27マイクログラム/ミリリットル以上、女性8.50マイクログラム/ミリリットル以上)と低値群(男性3.65マイクログラム/ミリリットル未満、女性5.77マイクログラム/ミリリットル未満)を比べた。その結果、高値群で大腸がんリスクが約30%低下していたのである。この傾向は男性でより強く現れることが示された。また、同じく脂肪細胞から分泌されるレプチン──こちらは悪玉ホルモンで、脂肪量に相関して増える──の血中濃度が高いと大腸がんリスクが上昇する傾向が示された。ちなみに、日本人の40%はアディポの分泌量が少ない遺伝子変異保有者。ここに肥満など環境因子が加わるとアディポ欠乏症が誘発される。日本人の肥満リスクが欧米人より高いワケはこの辺にありそうだ。
大腸がんはともかく膵がんは早期発見が難しいがんの代表。診断時にはすでに切除不能のケースが多く、治療経過は厳しい。アディポに腫瘍マーカーの期待がかかるものの、特異度がいまひとつ。ただ、続けて観察すれば、がんや糖尿病などを含めた生活習慣病リスクのよい指標となる。自費診療だが定期的にレプチンとセットで検査してみるのも悪くはない。
(取材・構成/医学ライター・井手ゆきえ)