地球誕生から何十億年もの間、この星はあまりにも過酷だった。激しく波立つ海、火山の噴火、大気の絶えまない変化。生命はあらゆる困難に直面しながら絶滅と進化を繰り返した。「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」まで全歴史を一冊に凝縮した『超圧縮 地球生物全史』(王立協会科学図書賞[royal society science book prize 2022]受賞作)は、その奇跡の物語を描き出す。生命38億年の歴史を超圧縮したサイエンス書として、西成活裕氏(東京大学教授)「とんでもないスケールの本が出た! 奇跡と感動の連続で、本当に「読み終わりたくない」と思わせる数少ない本だ。」、ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』著者)「著者は万華鏡のように変化する生命のあり方をエキサイティングに描きだす。全人類が楽しめる本だ!」など、世界の第一人者から推薦されている。本書の発刊を記念して、本と人をつなぐ「読書室」を主宰する三砂慶明氏に本書の読みどころを寄稿していただいた。
歴史の虚無に吸い込まれた滅びた種族たち
夜空を見上げると、真っ暗な闇の中に無数の星が瞬いています。
私たちの多くが吸い寄せられるのは、星の光です。しかし、目をこらせば満天の空に広がっているのは光の届かない暗闇です。
古生物学と進化生物学の科学者であり、科学雑誌「ネイチャー」の生物学編集者である著者ヘンリー・ジーが注目するのは、暗闇の海でした。大半の歴史は、生き残った側の視点から描かれます。しかしながら、本書が光を当てるのは、歴史の虚無の中に吸い込まれた滅びた種族たちの姿なのです。
地球の歴史上、最初の大量絶滅の引き金は意外にも「酸素」です。地球に誕生した生命を何世代にもわたって生きたまま焼きました。さらにスノーボールアースと呼ばれる果てしない氷河時代。「ビッグファイブ」と呼ばれ、数億年たった現在でも地質記録にその痕跡をとどめるペルム紀、白亜紀、オルドビス紀、三畳紀、デボン紀の終末論的大量絶滅。繰り返し何度も地上に開いた「地獄の門」は、文字通り地球上に住むほとんどすべての生命を一掃しましたが、著者はこの絶体絶命の危機こそが生命を進化させた推進力だと指摘します。
人類が解けない2つの問い
そもそもなぜ37億年前に無機物しか存在しない世界に私たち有機物が生命の扉を開くことができたのか? 単純そのものだった細菌が、なぜ核をもつ細胞「真核生物」へと進化することができたのか? 著者は、生命とは何かという大きな問いに答えながら、悠久の時間を、生物の歴史そのものを、まるで一人の人間の一生のように語ります。決して、生命の進化を下等なものから高等なものに向かう直線的な物語としては見ずに、小さな出来事の積み重ねとして生物の物語を丁寧につなぐのです。
本書の特徴の一つは、その並外れた描写です。太古の昔に絶滅した生物が、今、目の前で息をしているように描かれています。「もし、私がつくり話をしていると思うなら、それは部分的に正しい。」(328頁)と著者が注釈で断っているように、解剖学的構造が説明のつかない生物についても大胆に描きます。著者が描く失われた世界は、まるで暗闇に灯された松明のように人類が存在しなかった世界を明るく照らします。真っ暗な洞窟の中を、著者がかかげる松明を頼りに歩き続けると、浮かび上がってくるのは人類が全知を費やしても解けない二つの問いです。
私たちはなぜ生まれてきたのか?
そして、どのように滅びるのか?
とても儚く小さな、生命たちの勇敢な冒険
地球の誕生からの生命の進化と絶滅の歴史が教えてくれるのは、すべての生物のキャリアは絶滅して終わるという真理です。では、滅びることがわかっているのに、なぜ多大な努力と犠牲を払ってでも生命は生まれ続けるのか?
著者が38億年にわたる生物の歴史の旅の末にたどりついた「生命の本質」とは、「すなわちエントロピーの増大を食い止める方法」(23頁)です。
私たち生命は、無秩序な世界に秩序を与えるために生まれたのだと著者は喝破します。
その上で、著者が本書で描くのは、とても儚く小さな、生命たちの勇敢な冒険です。絶望的な状況でも決してあきらめることなく、果敢に立ち向かっていくその姿は、夜空を明るく照らす星の海のように輝き続けています。
三砂慶明(みさご・よしあき)
「読書室」主宰。1982年、兵庫県生まれ。大学卒業後、工作社などを経て、カルチュア・コンビニエンス・クラブ入社。梅田 蔦屋書店の立ち上げから参加。著書に『千年の読書──人生を変える本との出会い』(誠文堂新光社)、編著書に『本屋という仕事』(世界思想社)がある。