日本銀行が国債の大量購入を迫られていることから、「固定された長期金利を市場に委ねよ」という定番の主張がある。実はここには、見逃されているもう一つの極めて重要な市場がある。日銀は“二兎”を追うが故に、不均衡から逃れられないのだ。(東京大学大学院経済学研究科教授 渡辺 努)
国債大量購入は長期金利固定が元凶?
定番の説明に足りないもう一つの市場
2022年の12月末以降、10年物国債金利に上昇圧力が加わり、日銀は国債を大量に購入せざるを得ない状況が続いている。日銀の保有する国債残高は急速に増加し、異次元緩和からの脱却のハードルがさらに高くなったとの見方もある。
日銀が国債の大量購入を余儀なくされるのは、10年物国債の市場で、供給が需要を上回る超過供給の状態にあるからだ。
この超過供給の要因は日銀にある。日銀が10年物国債金利を0%プラスマイナス0.5%の範囲内に抑えているので、国債金利(国債価格)が自由に変化して需給が調整される仕組みが機能していないのだ。
以上の説明は、見聞きしたことがある読者もいるかもしれない。この点に注目する論者は、本来市場原理で決まるべき国債金利(国債価格)を人為的に決めているのが間違いであり、国債金利の決定を市場に委ねるべきと主張するのが定番だ。
この主張自体は間違いではないが、事実の半分しか見ていないといえる。そのことを理解する上で有用なのが、経済学で数えるほどしかない法則(Law)の一つ、「ワルラス法則」だ。
ワルラス法則とは、ある市場で不均衡(例えば超過需要)がある場合には、必ず別の市場でそれと反対の、しかも同規模の不均衡(超過供給)がある、というものだ。
これを金融市場に当てはめてみよう。10年物国債市場が超過供給という事実は、別の市場でその反対の、そして同規模の超過需要が起きていることを意味する。超過供給の市場だけを見て結論を急ぐのは、まさに「事実の半分しか見ていない」のであり、不適切だ。
では、もう一つの不均衡はどこの市場で起きているのか。