シールド工法を昇華させた
ジェームズ・グレートヘッド

 ブルネルが切り開いた道を昇華させた一人が同じくイギリス人技師のジェームズ・グレートヘッドだ。彼は円形筒状のシールド内で周辺の土を抑えながら掘削し、掘削で生じた空間に向けてシールドを油圧ジャッキで押し出して、その間に鉄製の枠をはめてトンネルを構築する手法を考案した。

 また、シールド内を加圧して水の流入を防ぎながら掘削する圧気式シールド工法も実用化し、工事の効率と安全性が向上した。現在使われているシールド工法は全てグレートヘッドが改良した技術を礎としている。

 彼の技術を用いて建設されたのが、1886年着工、1890年開業のシティ・アンド・サウスロンドン鉄道(現在のノーザン線)だ。ロンドンの地下鉄は開削工法で建設された浅い「サーフェイス」と、シールド工法で建設された地中深い「チューブ」に分類できる。

 シティ・アンド・サウスロンドン鉄道は最初のチューブであり、130年前の路線ながら地下20メートル前後に建設された。ただ、当時の技術上の限界でトンネルの直径は約3メートル(現代の単線シールドトンネルは約7メートル)と小さく、車内空間を最大限に確保するため、角を削った特徴的な形状の車両が用いられている(トップ画像参照)。

19世紀末に形作られた
現在の地下鉄建設技術

 同線は建設技術以外も革新的な地下鉄だった。従来の路線(サーフェイス)は地上につながる換気口を設けることで地下トンネルでありながら蒸気機関車で運行していたが、地下深いシールドトンネルに換気口は設置できず排煙は困難なので、地下鉄としては初めて電気を動力とした(電気機関車による牽引)。また地上とホームの移動には水圧式のエレベーターが用いられた。

 つまり開削工法にしろ、シールド工法にしろ、現代の地下鉄建設技術の基礎は19世紀末に確立していたのだから驚きというほかない。こうして第一次世界大戦が勃発する1914年までに4路線のチューブが開業し、メトロポリタン鉄道とディストリクト鉄道が建設した環状路線インナーサークル線など、既存の路線とあわせて高密度の地下鉄網が構築された(実際、それ以降に開業した新規路線は1968年のヴィクトリア線、1979年のジュビリー線、2025年のエリザベス線の3路線しかない)。

 そして1914年、ロンドンで地下鉄に出合ったのが「地下鉄の父」こと早川徳次であった。巨大都市の交通を一手に担う地下鉄の存在感を目の当たりにした彼は、東京にも地下鉄が必要だ、それを自分が実現すると決意。世界大戦や関東大震災などの困難を乗り越えて1927年に現在の銀座線上野~浅草間を開業させた。日本の地下鉄はあと4年、2027年に100周年を迎える。

 ちなみに他都市の地下鉄に目を向けてみると、パリが123年、ベルリンが121年、ニューヨークが119年、意外なところではアテネが119年、ブエノスアイレスが110年の歴史を持っているが、いずれもロンドン地下鉄の技術、経験から失敗の教訓まで、多かれ少なかれ影響を受けている。いやはや、160年の歴史のなんと偉大なことか。

【参考文献】
中川浩一著『地下鉄の文化史』筑摩書房 1984年
クリスチャン・ウォルマー著 北川玲訳『鉄道の歴史 鉄道誕生から磁気浮上式鉄道まで』創元社 2016年
Robert M. Vogel『Tunnel Engineering A Museum Treatment』Hardpress Publishing 1966年