年齢の影響を補正してがんのデータを見ると分かること

 ただ、その一方で「そんなことを言い出したら、喫煙率とがんの関係など何もわからないじゃないか」とモヤモヤする人も多いだろう。確かに、人口構成は年を重ねていくほどに変化をしていくので、がんの罹患率や死亡率の変化を、正確に過去と比較することができない。

「そこで『年齢調整罹患率・死亡率』という年齢の影響を補正する方法があります。これは、もしその人口構成が、基準人口と同じだったら実現されたであろう罹患率や死亡率を計算する方法です。国際比較の場合は世界人口に合わせますが、日本では最近までは昭和60年時、今後は平成27年時の人口ピラミッドに合わせることが定められています」(若尾医師)

 一般人の間ではあまり知られていないが、この手法はさまざまな疫学調査で使われている。例えば、東京と青森のがんの罹患率を比較すると青森の方が罹患率が高くなってしまう。当然だ。大都市より地方の方が、高齢者の比率が高いからだ。

 そこで『年齢調整罹患率・死亡率』が必要になる。東京も青森も昭和60年の人口モデルに当てはめることによって、高齢化の影響を補正したデータで比較することができるのだ。ネットやSNSで「喫煙率が減少しているのに、肺がん罹患者数が増えているぞ」と声高に主張している人は、残念ながらそのような統計学の知識がないのだ。

「このような年齢調整をするとどうなるのかというと、肺がんをはじめ、がんの死亡数は明らかに減ってきているんですね。しかも喫煙率が減少していくと、そのおよそ10年後に肺がんの死亡率も下がっています。たばこ対策はすぐに成果は出ないので、少しタイムラグがあると考えられます。一方で罹患率は年齢調整しても、横ばいからわずかに増加となっていますが、これは診断技術の進歩や罹患数を数えるしくみ(がん登録)の精度が向上したことなどの影響で、近い将来には減少に転じると考えられています」(若尾医師)

 もちろん、死亡率が下がっていることには、がん治療が進歩したということも無関係ではないだろう。しかし、肺がんというのは世界中で、喫煙との因果関係が確実であると認められているのは事実だ。

「因果関係を示すエビデンスにはさまざまなレベルがありますが、たばことがんについては、因果関係を推測するのに十分なエビデンスがあると多くの研究で確認されており、疑いようがありません」(若尾医師)

 ただ、このような話を聞いても、「タバコ=健康に悪い」がデマだと信じる人たちはなかなか納得できないかもしれない。

 それは自然な反応だと、若尾医師は考えているという。

「たばこを吸っている人たちにとって、たばこががんの原因になるというのは、非常に都合の悪いことなので当然、認めたくない。だから、『喫煙者でも長生きをする人がいる』、『たばこを吸っていなくてもがんにかかることがある』などと考えて恐怖を弱めようします。人間というのは誰しも自分の非を認めたくありませんし、自分の選択したものは正しいと信じたいものです。これを心理学的には、“認知的不協和の解消”といって、人間としては当たり前の行動です」(若尾医師)

 つまり、この社会の中で「たばこは実は健康にいい」と考える人が一定数出てしまうのも、しょうがないというのだ。