宿泊研修に行かれない理由

 驚いたA部長は理由を尋ねたが、Bは「とにかくダメなんです」を繰り返すばかり。

 取り乱すBをなだめたA部長は諭すように言った。

「宿泊研修は仕事と同じです。だから特別な理由がない限り参加してもらいます」

 その後自席に戻ったA部長は頭を抱えた。宿泊研修はA部長が入社した当時から行われているが、自分が研修担当になってから新入社員が参加を拒否したことは一度もない。この研修は皆が一緒に寝泊まりすることで、お互いのコミュニケーションが円滑になり、新入社員が仕事をする上で大きなプラスになっていた。いわば新入社員研修の目玉であり、Bにはぜひ参加してほしかった。

 初日の研修が終わると、A部長はBを呼び、再び宿泊研修に参加するように促した。しかしBはまたも首を横に振り、A部長が理由を尋ねても口を開こうとしなかった。

「うーん、困りましたね。理由を話してくれないと、C社長にこのことを報告しなければなりません。C社長は短気だから『研修を受ける気がないならクビだ』って言うかもしれないなあ……」
「クビだって?! そんな……」

 A部長の言葉に驚いたBは、仕方なく宿泊研修を拒否している理由を話した。最近友達4人と2泊3日の旅行をしたときに、自分の大きないびきのせいで眠れなかったと全員から非難を浴び、以後総スカンをくらってしまった。それがトラウマになったBは、家族以外とはよそに泊まらないと決めたのだという。そして、

「みんなと一緒の部屋に泊まって大いびきをかき、嫌われてしまったら、会社には居られません」

 と泣きそうな顔で訴えた。

「それなら、B君だけで一部屋を使えるように割り振りをしますよ」
「ダメです。自分だけ特別扱いされたら、皆に理由を聞かれるに決まってる。いびきのせいだなんて絶対に言えません。バカにされたくないんです」

 Bの処遇に困り果てたA部長はC社長に事情を説明し。指示を仰いだ。C社長はあきれ顔で尋ねた。

「それでB君はどうしたいって言ってるの?」
「家庭の都合ということで宿泊研修には同行せず、社内でオンライン研修を受けたいそうです」
「工場の製造過程や物流の様子をオンラインで流すなんてとんでもない。B君は一人部屋でいいじゃないか。それ以上特別扱いする必要はない。それでも拒否するならクビだ!」
「そう言うと思ってました。しかしせっかく採用したのに、こんな理由でクビにしていいんですか? それにB君の代わりを今から探すのは無理ですよ」
「分かった。じゃあ私の判断が正しいかどうかを、D社労士に聞いてみてくれ」