原油相場のあまりの高騰ぶりに、近い将来の“暴落”を予測する声が高まっている。しかし、国際エネルギー機関(IEA)のチーフエコノミスト、ファティ・ビロル氏は、原油安の時代への回帰はもはやないと断言する。(聞き手/ジャーナリスト 瀧口範子)
Faith Birol(ファティ・ビロル) Photo (c) OECD/IEA |
国際エネルギー機関(IEA)は昨年11月、「今後数年にわたって、石油の需要の高まりと供給の伸びのアンバランスが拡大し、それが市場に間違ったサインを送る可能性がある」と発表したが、チーフエコノミストである私も正直ここまでの原油価格高騰は予想していなかった。(1バレル130~140ドル台という水準は)世界的な経済危機すら引き起こしかねない危険水域に達していると思う。
とはいえ、私は市場の投機こそが原油価格高騰の原因だとする見方には反対だ。今回の価格高騰はなにより原油の需給ファンダメンタルズ(基礎条件)によって引き起こされたものであり、投機家たちはその流れを増幅させたにすぎない。つまり単なる投機バブルではない。それだけに、価格高騰圧力は今後、(同じ化石燃料である)天然ガスや石炭にも大きく飛び火していくことだろう。
原油の需給ファンダメンタルズで注目すべき点はふたつある。
ひとつは国際石油資本(メジャー)の弱体化だ。これまでメジャーが掘り続けてきた中東諸国の油田は成熟期を過ぎて枯れ始め、ここ4~5年間で生産量が落ちている。メジャー各社も追加投資で必死に生産量を維持しようと努力しているが、落ち込みにブレーキをかけることはできまい。
それならばもっと“若い”油田を掘ればいいと思うかもしれないが、新しい油田はことごとく国営化されており、メジャーがアクセスできなくなっている。しかも産油国の多くは、価格を高く保つために生産量を制限しており、供給面の懸念はいっこうに解消されない。
一方、需要面では、中国、インド、そして中東諸国の急激な経済成長がある。IEAでは、今後20年間の石油需要拡大の60%は中国とインドが占めると予想している。
ことに中国ではすさまじい事態が予測される。ヨーロッパでは1000人中680人がクルマを所有しているが、中国ではたった20人だ。所得の伸びにつれて中国全土にドライバーが急増し、そのぶんガソリン消費が伸びていくことを想像すると頭が痛くなる。
いずれにせよ、現在起きているのは原油の勢力地図における大きなパラダイムシフトである。欧米のメジャーに代わり、サウジアラビア、イラン、イラク、クウェート、アラブ首長国連邦、ロシアといった産油諸国が、油田と資本、技術という3種の武器を手にして、勢力を高めているのだ。それに伴い、これまで中東やアフリカから北アメリカやヨーロッパに回っていた原油のトレードは、そのルートを今や産油国から中国など新興国との間に移したのである。