「会社には、親のことは話していません。なんでなんだろう……。周りに心配をかけたくないとか、自分の評価に影響するんじゃないかとか、あれこれ理由はつけられますけど、ただ単に言いたくなかったんだと思います。

 介護で会社を辞める人って、理由は1つじゃないと思いますよ。『両立は難しい』という言葉には、さまざまな問題が含まれている。実家と会社の往復など物理的な問題もあるけど、精神的な問題も同じくらい大きい。私の場合、自分の仕事のパフォーマンスが低下しているのがストレスでした。別に上司に言われたとか、ミスしたわけでもない。ただただ父が倒れてから、これでもか!っていうくらい両親のことが頭から離れないので、仕事に集中できなかった。

 しかも、父親の世話をする母親も急速に衰えました。これは想定外でした。よくよく考えてみれば、母親も70代後半ですから、喪失感はダイレクトに認知機能を低下させます。でも、見たことのない変わり果てた母の表情に、後ろめたさを感じずにはいられませんでした。

 なので、自分が後悔しないようにしようって思った。そのためには会社は続けられなかった。金銭的な問題もあるので両立できればよかったんでしょうけどね。やっぱり、周りに迷惑をかけたくないし、後悔したくなかった。ええ、後悔したくなかったんです」

「親には親の人生があり、私には私の人生がある」と割り切りたいのに、それができないもどかしさは、介護初心者にはつきものです。親のためにやっていることが、本当に親のためになっているのかさえ確信が持てない。老いた親は「自分」のことで精一杯なので、子をねぎらったり、子に感謝することもなく、不満だけをぶつけます。子は頭ではその現実を理解できても、心が反応できず、つい、本当につい、親に暴言を吐いたり、手が出てしまったりして自己嫌悪する。事態が深刻になればなるほど、自責の念から他人に打ち明けることができず、1人で抱え込みます。そして、決断するのです。

「私がやらなくて誰がやる」と。これが「後悔したくない」という言葉の真意です。

 介護を理由に離職する人は毎年10万人程度で、約8割が女性です。一方で、働きながら介護をしている人は約346万人。男女別の有業率は、男性は65.3%、女性は49.3%。いわゆる「ビジネスケアラー(働きながら介護している人)」は、圧倒的に男性で占められています(**)。これには隠れ介護者が含まれていない可能性も高いので、実際の数字はもっと多いと考えた方がいいかもしれません。

(**)…総務省統計局調べ