上海市民が経験した住宅難と投機マネー
住宅を必要としている都内の実需層に住宅供給が届かない状況は、かつての中国・上海がそうだった。
「どれだけ貯めれば買えるんだ」――。それは2000年代を上海で生活した市民に共通する思いだった。生活を切り詰めて頭金をかき集めても翌年には住宅価格がさらに上昇し、「それでは足りない」と銀行から背を向けられるという繰り返しだった。
経済成長が著しかった2000年代初頭の中国では、住宅価格は毎年上昇を続けていた。中国政府のマクロ調整を経て一時的に鎮静化するも、その後2007年夏には暴騰するなど再燃を繰り返していた。
なぜ住宅価格は一般市民の手の届かない価格につり上げられたのか。そこには、中国独自の理由があった。
上海には浙江省温州市を起源とする投機マネーが入り込み、当時はまだ低価格だった上海の住宅を大量に買いあさった。それを皮切りにして、不動産への投機マネーは中国の各地に飛び火した。
2000年代後半、中国ではわずか数年の不動産取引で巨万の富を得た「富裕層」が出現し、彼らも“不動産転がし”に加わっていく。そして中国国内の市場では物足りず、マネーゲームの照準を海外に向けるようになった。
中国で住宅バブルをもたらしたチャイナマネーは世界各地に流れ込むようになった。米国、英国、カナダ、オーストラリア、スペイン、ドバイ、東南アジア…。世界金融危機で壊滅的打撃を受けた欧米の不動産市場では、これを「経済の救世主」として歓迎した。2008年以降、中国人の国境を越えたチャイナマネーによる不動産投資は活気を帯びた。
しかしその結果、先進国の不動産市場は混乱に陥った。
例えば、カナダの経済の中心であるトロント市も影響を被った都市の一つだ。