『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』著者の読書猿さんが、「調べものの師匠」と呼ぶのが、元国会図書館司書の小林昌樹さんだ。同館でレファレンス業務を担当していた小林さんが、そのノウハウをまとめた『調べる技術 国会図書館秘伝のレファレンス・チップス』は、刊行直後から反響を呼び、ネット書店ではしばらく品切れ状態が続いた。今回は、連休特別編。二人の対談を3本立てでお届けする。第1回、は第2回はこちら。(取材・構成/弥富文次)

元国立国会図書館司書が考える「調べものに効くすごい本」ベスト5Photo: Adobe Stock

小林さんの考える「最強の」レファ本

――小林さんは調べるための本=レファレンス・ブックスをツールとして活用し、様々な調べものに当たってきました。今回は、「これは手元に置いておきたい」と思わせるような「最強のレファ本」を教えてほしいです。

小林昌樹(以下、小林):ガチの調べものをするには1セットで30万円近くもする『新國史大年表』(国書刊行会、2006-2015、全10巻)のような本が必要だったり、仕事で使っていたレファ本は2〜3万冊ほどあったので、なるべく安めで今でも書店で買えそうな本を挙げてみますね。

 まず、「最強の」かは分かりませんが、私がパッと思った「変な本」が『ギガタウン 漫符図譜』です。マンガって日本人にとっては当たり前すぎるのですが、実は図版をかなり特殊に読んでいる。これは、日本マンガ特有の符号「漫符」を一通り説明する唯一の本です。

 例えば、「人物やキャラクターについている水滴に見えるものは、一体何を意味するのか?」といったことが解説されています。日本マンガに慣れ親しんだ人なら、これは汗が出るような心理状況を表しているんだなと分かりますが、文脈が共有されていない人にとっては分からないんです。

 私がいた部屋では、事典ではないけど他にない情報が載っていればレファ本として備えるようにしていて。マンガは研究対象になりかけているのに、レファレンスツールが相対的に少ないと認識していたので、貴重な本といえます。

――面白いです。ほかにはどんな本がありますか?

小林:例えば『城のつくり方図典 改訂新版』なんかもあります。我々は実際にお城をつくるなんてことはないわけですよね。でも、これには城の構造も含めて、普通のお城の本には書いてないことが書いてある。そういうものはやはりレファ本として使えます。

 また、定番の『広辞苑』『新明解国語辞典』など、一般的な国語辞典はほとんどの人が知っていると思います。でも、国語辞典ってあんまり変な言葉は載せちゃいけないんです。では、国語辞典で調べて出てこなかった言葉を知りたいときはどうするか。そんなときに引くのが「隠語」の辞典、『新修隠語大辞典』です。定番の辞典を補完する役割として、重要なレファ本ですね。

 もうひとつ、「最強の」というより思い入れが深いものをひとつ。よく私は古い時代の住宅地図の話をします。例えば「平安京の住宅地図がほしい」というお客さんはたまに来るんですが、これに対するもっとも正確な回答は「ありません、帰ってください」になっちゃう(笑)。もちろんレファレンスの司書としては、「国文学系のハンドブックに、源氏物語を読むためのものが付いています」と案内するのがベターで、概ねお客さんもそういったものを求めている。

 しかし江戸の場合、住宅地図レベルまで分かるんです。御家人の上層が旗本は全員わかりますし、幕府のヒラ職員というか、今で言う係長クラスくらいなら、どこに住んでいたかほぼ全員分かる地図が出版物で出ている。どうやら江戸幕府が武士たちに土地を分け与えたときの細かい地図があったので、それを復刻したものです。レファレンスで使うシーンは多くはないんですが、面白く、自分で歴史関係の調べものをするときにも使う本ですね。

「まだない」レファレンス本を生み出す

読書猿:僕の最初の著作は『アイデア大全』だったのですが、実はレファレンス室に入れてもらうことをひとつの目標にしていたんです。だから選ばれたときはとても嬉しかったです。僕もレファ本を挙げようと考えていたんですが、どうもうまいリストが作れなくて。小林さんのお話を聞いて作れない理由が分かりました。レファレンス室にいなかったからだ、と(笑)。

小林:国会図書館のレファレンス室は日本で出版されたすべてのレファレンス本がチェックされて通過する部屋ですからね。建前上ですが。だから先ほどの漫符の本のように、手薄なジャンルも分かります。悪魔の存在証明みたいに「ないことが分かってしまう」(笑)。原理的にはね。

読書猿:そういえば、小林さんは前に人生相談のレファレンス本がないと話していましたよね。

小林:1960年頃に日本の図書館業界で、人生相談に加えて、翻訳や弁護士業務をしないといったガイドラインを定めたんです。昔は日本同様アメリカでもいろんな相談を断っていたらしい。しかし、数年前にニューヨーク公共図書館のドキュメンタリー映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』を観たら、彼らは普通に翻訳をやっていたので驚きました。この50年ほどで彼らはサービスのやり方を変えていたのに、日本ではアメリカの50年前のやり方を踏襲していて、サービスが硬直的になっているのかもしれません。

 ただ、結果として人生相談に少し答えてしまうことはあります。身の上相談が来たら本を紹介したり、相談所のリストを示して「電話をかけてみては」と提案したり。

読書猿:僕はマシュマロでこれまで色々な相談に答えてきたのですが、それらの回答をまとめると身の上相談の事典みたいな本ができるかもと思っていて。

読書猿:それでいま身の上相談に関連する書籍を集めているんですが、小林さんがいたレファレンス室には上記のような理由から、身の上相談のレファ本がない。そこで探してみた結果、子どもの身の上相談に関する本が最初に見つかりました。それをきっかけに芋づる式に探していくと、女性問題を扱う書誌に「身の上相談」のジャンルがあり、またいくつか書籍を知ることができた。

 あとは、『調べる技術』第11講の「として法」(レファ本を本来の開発意図とは違う形で使う活用法)に近いですが、「悩みごとのあるところに専門家あり」と考えてみる。すると、相談の専門家向けのハンドブックみたいな本があるんじゃないかと思いつきました。この線で調べてみるとけっこう出てきた。それらをうまく束ねると『相談百科事典』ができあがりそうです。

小林:今回は「最強のレファ本」という切り口でしたが、特にレファレンスに関しては、本はデータベースと並列に「ツール」と捉えるのが良いと思います。これは小ネタですが、Googleの画像検索ってカラーと白黒を切り替えられるのを知ってましたか? これを応用して「古い写真か建物の平面図を探すときは白黒で検索する」という活用法があります。

 こういう小ネタとセットで使うのがレファレンスツール。前回のChatGPTの使い方で読書猿さんが話していたのも、まさにそのことです。ChatGPTには、正しさではなく「間違い」つまり、未検証の可能性を期待する。アイデアの提案などがその際たるものですね。その上で、文脈の縛り方、枠組みの作り方がある種の小ネタとしてセットになっている。それらを上手に組み合わせると、みんなが幸せになる使い方ができるのだと思います。

小林昌樹(こばやし・まさき)
元国立国会図書館司書、『調べる技術』著者
1967年東京生まれ。1992年慶應義塾大学文学部卒業。同年国立国会図書館入館。2005年からレファレンス業務に従事。2021年退官し慶應義塾大学でレファレンスサービス論を講じる傍ら、近代出版研究所を設立して同所長。2022年同研究所から年刊研究誌『近代出版研究』を創刊。専門は図書館史、近代出版史、読書史。
編著に『雑誌新聞発行部数事典: 昭和戦前期』(金沢文圃閣、2011)などがある。『公共図書館の冒険』(みすず書房、2018)では第二章「図書館ではどんな本が読めて、そして読めなかったのか」を担当した。