『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』著者の読書猿さんが、「調べものの師匠」と呼ぶのが、元国会図書館司書の小林昌樹さんだ。同館でレファレンス業務を担当していた小林さんが、そのノウハウをまとめた『調べる技術 国会図書館秘伝のレファレンス・チップス』は、刊行直後から反響を呼び、ネット書店ではしばらく品切れ状態が続いた。今回は、連休特別編。二人の対談を3本立てでお届けする。(取材・構成/弥富文次)

元司書が語る国立国会図書館を「調べる技術」で最高に役立てる方法Photo: Adobe Stock

人文系の学問が大きく書き変わる?デジコレリニューアルの意義

ーー小林さんは2022年末に国立国会図書館(NDL)の大データベース「デジタルコレクション」(以下、デジコレ)がリニューアルされたことを、とても大きな出来事だと捉えていますよね。このことがどんな意味をもつのか、教えてもらえますか。

小林昌樹(以下、小林):NDLのデジタルコレクションとは、過去150年間に国立図書館が集め続けた国民の蔵書(4600万点以上ある)を撮影し、データ化しつつあるものです。今回のデジコレリニューアルの目玉は「全文検索可能なデジタル化資料の増加」。全文検索とは、本文を全部テキストデータに起こして検索できるよう処理したものなんですが、これが以前の5万点から247万点、つまり量において約50倍になったんです。

 これって日本の、特に人文学や社会科学系の学問が全部書き変わっちゃうくらいすごいことで。今まではタイトルや目次しか検索できなかったため、手の届かなかった情報がたくさんありました。ざっと見たところ今回、全文データがついた資料は戦前の図書、雑誌、官報や、戦後の図書が多い印象です。つまり、戦前のことならわざわざ永田町まで行かなくとも自宅で済むまでになってきました。

ーー圧倒的にアクセスできる情報が増えたということなんですね。

小林:ただ、日常的にレファレンス業務にあたっているNDL職員ならいざ知らず、一般の人にとっては「だから何が良いの?」「何に使えるの?」と思うはずなんですよね。そこでオススメの使い方のひとつが「ファミリー・ヒストリー調査」です。

 いわゆる「ふつうの人」の人物調査って従来の世界ではなかなか難しかったんです。もちろん有名人なら資料は出てくるけど、そうでない人だと全く分からない。でも今回のリニューアルで、特定の業界でそれなりに有名だったくらいの人まではひっかかるようになりました。

 Twitterで言及している人もいましたが、自分のおじいちゃんやひいおじいちゃんの名前で検索すると面白いと思います。例えば私の場合、父方の祖父ーー浅香勇吉という名前ーーは、デジコレで29件ヒットしました。祖父は戦前、満洲でそこそこ出世し、ソ連軍侵攻時には北満の嫩江(祖母はノンジャンと言っていた)で助役をやっていました。

 実はここまではプライベートな調査で分かってはいたんですが、今回のリニューアルで新たに行われた、戦前の官報のフルテキスト化によって、1938年の寄付リストに祖父が載っていることが判明しました。その頃なんとおじいちゃんは、個人で陸軍へ寄付していたんです。金額は20円ということで、今で言う10万円くらい。

 おじいちゃん本人は昔、「ソ連が満州に侵攻してきたら、それまでいばってた関東軍が逃げてもぬけの殻になった」などと帝国陸軍に対して呆れてたのを覚えてます。だから1938年の段階では帝国陸軍に期待してたんだなぁと意外な気持ちになりました。こんなふうにデジコレは、手軽なところではファミリー・ヒストリー調査に使えます。

「壁打ち」など固有なフレーズの起源分析にも使える

小林:現在のデジコレの性質上、一般名詞だとノイズが大きすぎてしまうため、欲しい答えを得るためにはけっこうな工夫が必要になります。ただ、「ある種の言い回し」について調べる場合には使えそうです。この間、読書猿さんからいただいたお題がありましたよね。

読書猿:そうそう。僕が知りかったのは「壁打ち」という言葉についてです。「壁打ち」というのは、元々、テニスの練習や何かで「一人で壁に向かってボールを打ち続けること」ですが、最近では「話を誰かに聞いてもらって考えを整理すること」の意味で使われてますよね。この用法の初出を知りたかったんです。

小林:「壁」も「打つ」も普通名詞ですが、「壁打ち」となると固有名詞的に機能しているので、初出を調べる場合にはデジコレやGoogleブックスを必ず検索することになります。ちなみに読書猿さんは、答えをゲットできましたか?

読書猿:僕が探したものだと、2006年くらいが限度だったんですが……。おそらくもっと以前から使われていたんじゃないかと思っていたんですけど。

小林:Webに証言があったんですが、電通の企画部門でバブル期頃から使っていたらしい。おそらくそこらへんが起源だと思います。

読書猿:へええ。それってどうやって分かったんですか?

小林:これはレファレンスあるあるで、悩みながら同時並行でいろいろなツールを使って調べた結果、あるとき突然答えが出てくるので、結局どうやって調べたか分からなくなるという(笑)。今回私もそれに陥っています。

「事物起源」の調査では、時代をどんどん狭めていくのが定石です。例えばデジコレで「壁打ち」が出てきても「いわゆる」「のように」などと一緒に並んでいると、あまりそういう使われ方はされていなくて、孤立か初期事例だと分かる。それで、80年代は古いかな、と考えながら年代を絞っていきます。

 デジコレで詰めきれなかったので、グーグルに戻ったんです。するとある商用サイトの10年前くらいの記事で、「僕が若いときに電通の企画部門でそういう言い方をしていて……」という内容が載っている、ビジネスパーソンの回想録が見つかったというわけなんです。

 依然として「はっきりこのタイミングだ」ということまでは分かりませんが、バブル期というざっくりとした年代は見えてきた。話を戻すと、固有名詞的なフレーズの起源分析においても、デジコレのフルテキスト化は威力を発揮する。多くの分野で、表現の初出や事物起源が更新されるのではと思いますね。

読書猿さんのデジコレの使い方

ーー読書猿さんは、デジコレのリニューアルがどんな調べものに使えると考えていますか?

読書猿:僕が大きいと思っているのは、全国の市町村誌がデジコレ上でどんどん読めるようになっていることです。市町村誌というのは自治体が主導して編纂した「エリアの百科事典」とも言えるものなんです。その地域の歴史だけではなく、祭りなどの風俗や、方言なんかも解説されており、地域のことを深く知る上で重要な資料です。

 でも今までは、市町村誌を調べたかったら、同じ県内ならともかく遠くのものについては、当の市区町村に行くか、図書館にメールレファレンスで問い合わせて内容を教えてもらうしかなかった。それがデジコレを通じて自宅にいながら全文を読めるっていうのが画期的です。

 もうひとつは、何十冊とあるような昔の事典を全文検索できるようになったことが非常に大きい。例えば、八重洲ブックセンター系列の鹿島出版会が1969年に出した『社会科学大事典』とかね。本当は全部買って家に置いておきたいわけですが、スペースもないので(笑)。

 家の隣に国立国会図書館ができたようなもので、すぐに全文アクセスできるので調べものの効率がものすごく上がった。まだまだ僕も使いまくれているわけではないですが、大きな威力を感じますね。

小林昌樹(こばやし・まさき)
元国立国会図書館司書、『調べる技術』著者
1967年東京生まれ。1992年慶應義塾大学文学部卒業。同年国立国会図書館入館。2005年からレファレンス業務に従事。2021年退官し慶應義塾大学でレファレンスサービス論を講じる傍ら、近代出版研究所を設立して同所長。2022年同研究所から年刊研究誌『近代出版研究』を創刊。専門は図書館史、近代出版史、読書史。
編著に『雑誌新聞発行部数事典: 昭和戦前期』(金沢文圃閣、2011)などがある。『公共図書館の冒険』(みすず書房、2018)では第二章「図書館ではどんな本が読めて、そして読めなかったのか」を担当した。