武田薬品が株価復活で新たな蠢き、「院政観測」と本社機能の海外移転説の行方Photo:Diamond
*本記事は医薬経済ONLINEからの転載です。

「何ですか、あのテレビCMは。目に飛び込んで来るたびに、腹立たしくなる」と、心中穏やかでない口調で語るのはアステラス製薬のある幹部だ。中国事業のキーパーソンが中国当局に身柄を拘束されるという前代未聞の事態に、フラストレーションが溜まっているのか、と最初は受け止めた。だが、耳を傾けると、当該幹部の心情もわからないでもなくなった。

「不満」の対象は、武田薬品ならぬ、タケダの企業姿勢を押し付けがましく伝える例の「世界に尽くせ、タケダ。」シリーズの製造・供給篇だ。クローン病治療薬「アロフィセル」を想定していると思われる有効期間72時間というオーファンドラッグを、「薬を待つ患者さんがひとりであっても」つくって、届けるという内容のもので、かなりの頻度でオンエアされている。

「凄いだろう」といったナレーションすら聞こえてきそうな強烈な自負がサブリミナル的に寄せられる点もさることながら、「(薬価収載時点で)本当に患者さんが1人しかいないウルトラ・オーファンドラッグを上市したのはウチのほうだ」とこの幹部は続ける。要は、お株を勝手に奪うな、ということらしい。

 調子がいいと、すぐに増長する──。タケダイズムの負の一面とも言えるこの会社の「性行」を、国内の同業他社は永年、煮え湯を飲まされる思いで味わってきた。もっとも、不動の王者・武田と呼ばれていた時分なら、不満も飲み込まざるを得ない格差があった。ところが、クリストフ・ウェバー社長がシャイアーを背伸びして買収し、負債で首が回らなくなると、不思議と発露が減っていった。

 往時の武田を知る社員の多くがリストラで去り、替わりに、タケダに憧れて入社した連中が増勢となるなか、ようやく過去帳入りしたのかと捉えた人も少なくはなかった。だが、その認識はやはり誤っていた。株価の「春」の訪れに呼応したかのように、社長10年目を迎えたウェバー体制に、新たな蠢きのようなものが散見され出しているからだ。

 一応おさらいをしておくと、武田の株価は21年12月に3000円台割れ寸前にまで落ち込んだものの、その後、息を吹き返したかのように上昇トレンドに乗り、足元では4500円のラインに達している。時価総額も、映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』が世界的なヒットとなっている任天堂と並んだ。デング熱ワクチン「キューデンガ」の伸長や、米ニンバス・セラピューティクスの子会社を買収することで手に入れた乾癬治療薬への期待などが買いの材料となっているようだ。

 こうした変化を受け、まず、生臭さを増してきたのがボードメンバーの動向である。3月末、武田は、同社の数少ない生え抜き幹部であった岩﨑真人代表取締役日本管掌が「退任の意向を表明した」と発表した。6月に開催予定の定時株主総会で審議する取締役候補者名簿から外れることへの公式的なエクスキューズらしい。岩﨑氏をめぐっては、すでに2年前に退任観測が経済誌で報じられていた。どういう意図でリークされたのかは藪の中だが、このためサプライズは少ない。しかし、ウェバー社長とその仲間たちによる経営の簒奪が、いよいよ最終段階に達したという強い印象は与えた。