チラシ100枚投函の
新入行員を褒めちぎり
30年前後働いていると、さまざまなケースに遭遇する。15年ほど前にいた心斎橋支店で、私は取引先課の課長代理だった。前任店、前々任店でトップの営業成績を上げたことが評価され、部下の指導役を兼任していた。
私は、それまで私が受け耐え忍んできたパワハラな手法ではなく、毎日彼らと同行しながら、成績を上げる喜びを伝えていった。12人の部下と「心斎橋塾」を定期開催したことなどは、拙著『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』にも記してある。
新入行員を迎えたときのこと。彼女は第一印象から真面目でおとなしく、控えめな性格。取引先課に配属され、ゴールデンウイークが明け、一通りOJTを経て、いよいよ実戦配備となった。
といっても最初からお客の家を伺い、飛び込み営業などを任せるわけではない。手始めに、大型マンションで「住宅ローン借り換え」の提案チラシをポスティングさせるといった、下積みの仕事をやってもらった。「M銀行は他行よりも低金利ですよ」「満70歳までご利用可能ですよ」といったことが書かれたチラシを投函(とうかん)していくのだ。
同じ課に属する2つ年上の先輩女性行員が、A4サイズのチラシの折り方、名刺をホチキスで留める位置など、夜遅くまで手取り足取り教えていたのを思い出す。
そして初日。ノルマの100枚をきっちり投函したと営業日誌で報告してきた。それを読んだ私は、わざわざ大きな声でねぎらう。
「山田さん、すごいね!ポスティング100件!お疲れ様!」
「100件?マジか!俺なら無理」
同じく新人の男性行員が話を続ける。周囲の担当から拍手が起こる。これは新人が初めて成果を上げたときに、褒めちぎり成功体験を味わわせ、やる気を起こさせるという、当時の我々がよくやった崇高な茶番であった。おとなしい性格からか、恥ずかしそうな照れ笑いを浮かべていたのを思い出す。