自動車メーカーの本音は
「ファーウェイに魂を握られる」

 自動車メーカーにとって一番の懸念は、伝統車両メーカー「上海汽車グループ」董事長がかつて放った言葉に集約されている。「ファーウェイの自動運転技術は我々の製品をまるっとインテリジェンス化するソリューションだ。しかし、それではファーウェイに魂を握られ、我々はただの躯体になってしまう」。

 実際にファーウェイのHIスタイルを受け入れた自動車メーカーにも同様の懸念が広がり、すでに当初の協業パートナーだった、「広州汽車グループ」「北京汽車グループ」はHIスタイルからの撤退を表明。現在も同スタイルを採用している長安汽車グループとの協業モデルは赤字が続いており、起死回生には程遠い状況となっている。

 こうした中で周囲の注目を浴びてきたのが、三つ目のアプローチである、セレスとの「問界」モデルの協業だった。前述した通り、ファーウェイが全面的にモデルデザインはじめすべての過程に関与していることから、「もはやファーウェイのクルマ造り」といわれていた。だがそこに「HUAWEI」の名前を冠したことで、任氏の逆鱗に触れた。先の文書で任氏はさらに、同社スマホの直売店に同社のモデルが置かれていることにも不満を表明したという。

 そのすべてを指揮していたのが、余承東(リチャード・ユー)氏だった。ユー氏は1993年に清華大学の大学院を修了すると同時に同社に入社した、「生粋のファーウェイっ子」である。地方育ちで強気な物言いの多い彼は敵も多い一方で、末端消費業務責任者としてそれまでOEM企業だったファーウェイのスマホ部門を、オリジナルブランドとして世界に名だたる製品へと成長させた功績を持つ。その評価によって新たな社運を懸けたスマートカーソリューション事業の責任者に任命された彼にとって、クルマの世界でも「自社ブランド造り」を目指すのは当然だったといわれている。

 しかし、任氏の文書を受けて、3月31日午後の業績発表会で当時の当番董事長(代表取締役に相当。ファーウェイの董事長は3人が当番制を取っている)が、「一部の人間と協力パートナーが製品キャンペーンの場でファーウェイのブランドを乱用している。現在、社内で調査中だ」と発言。翌4月1日には「問界」の宣伝資料から「HUAWEI 問界」の文字が消え、「AITO 問界」が復活した。

ファーウェイのスマートカー戦略は、
これからどうなる?

 ユー氏はどうなるのだろう? と業界は見守った。一時はやはりスマートカー戦略を進めているスマホメーカー「小米(Xiaomi)」(以下、シャオミ)に移籍するといううわさもまことしやかに流れたが、シャオミ側がすぐに否定。そして4月中旬から開かれた上海モーターショーにファーウェイを代表してユー氏が姿を現し、この騒ぎはいったん幕が引かれた。

 しかし、4月末に行われた肝心のセレスの2022年度収支報告および2023年度第1四半期の業績報告によると、昨年の売り上げは同期比104%増となったものの、赤字額が同53.79%増の9億元(約176億円)と極端に拡大したことが明らかになった。さらに5月に入って発表された4月期の「問界」売り上げ台数もわずか2900台余り、生産台数は1200台余りと同60%も減少しており、セレス社の現金フローが心配され始めている。

 こうしてみると、“ファーウェイ”の名を冠したプロモーションは、「躯体も魂もファーウェイにささげたい」という、セレス社の起死回生の手段だったのだろう。だが、それが閉ざされた今、ファーウェイのスマートカー戦略が今後どこに向かうのか、注目が集まっている。