浮浪者が波のようにひしめく地下道での生活を体験するために、数日間ひげもそらず、顔も洗わずオンボロの外套を着て臨んだ記者は、地下道のコンクリートの土管の中で眠る生活を送った。

<寒さがだんだんきつくなる。私は横になって、だれかの腹に頭をのせた。横の奴がとてつもないくさい屁をひりやがった。午後十二時>

 多くの人と言葉を交わすうち、タマ公という少年と仲良くなった。時間をつぶそうと映画館に入り、二人はこんな会話を交わす。

<「おやじやおふくろは?」

「やけちゃったんだ」

「ノガミ(注・上野)は何年?」

「二年」

 彼の顔がくもる。私はタマ公の耳もとに口をつけて、

「お前チャリンコ(注・チンピラスリ)だろう?」

「うん、やる日とやらない日があるんだ」

「だれに教えてもらったんだ?」

「ふふん」と彼は言葉をにごした。そして彼は低い声でいいそえる。

「でもねえ、仕事しなくてもオレのオヤジ怒らないんだ、タバコや金をわけてくれるんだぜ」>

兵役逃れて12年、隠れ続けた理由

 夜中、たき火の周りでけんかをしていた男は、記者に身の上話を語る。

<「ああ情けねえ、敗戦はみじめだ。おれはガダルカナルで、捕りょになって昨年帰ってみたら、家はやけてらア。女房は死んだという。子供が二人生きてるかもしれねえとだれかがいってくれるのが、せめての慰みだ。もしや浮浪児になってでもいねえかと毎晩、毎晩このノガミにさがしにくるのよ。酔狂でくるんじゃねえや」

 彼は涙を流しながら、それでもトボトボとヤミの中を帰っていった>

 このころ、不忍池のほとりには即席のムシロ小屋が増えてきていた。記者は、そこに希望を見いだす。

<ムシロ小屋は都会の底にうちのめされた男と女が投合して、立ち上がろうとする努力の第一歩だ。すてばちに見えても、何とかしてどんぞこ生活から足を洗いたいという本心だけは、だれだって失わないものとみえる。地下道の片すみに燃えだした愛の発現である。