浮浪者ひしめく上野駅地下に記者も1週間生活徴兵を逃れ山中で暮らしていた男について報じた55年4月24日号の誌面

 私は何かこの一群の掘っ立て小屋の住民の幸先を祈りたい気がした>

 55年4月24日号では、赤紙による徴兵を逃れ約12年間にわたって山中で逃亡生活を送った男について報じられている。

 岡山県里庄村(現・里庄町)の民家に忍び込み、盗んだ生米をかじっていた男が捕まった。警察の調べで、この男は兵庫県出身の39歳で、43年に兵役を逃れ、それからずっと山中に籠もっていたことがわかった。畑泥棒で食いつなぎつつ、ウサギやタヌキを罠にかけては食べていた。逃亡時に着ていた国防色の兵隊服の上下を今も着ていたが、大のきれい好きで、髪の毛は手に入れたカミソリでちゃんと刈り、山の池で夏冬問わず毎日行水していた。

 人家で米や着るものをかっぱらうついでに本や雑誌、新聞も手に入れていたので、終戦だけでなく、吉田茂内閣の評判などもよく知っていた。だが、泥棒を重ねていたため山を降りる気になれなかったという。捕まらなかったら、山の生活を続けていたのか。男性の答えはこうだった。

<「気の小さい私だから、まあゼッタイ、山を降りられなかったでしょう。つかまったのは欲ばりすぎて……もっと遠くまで逃げてしまえばよかったんです」と残念そうにいい、「そんでも、刑を終えたら、真面目に働きます」とも、述懐するのである>

 災害に戦争に、多くの人々の人生が過酷に翻弄された時代。そんな中でも雑草のようにたくましく生きる人々の声が、記事の中にしみ込んでいた。(本誌・小泉耕平)(次回へつづく)

※引用記事中の旧仮名遣いや難読文字など一部の表記は、読みやすさを考慮して編集部で現代の表記にあらためました

週刊朝日 2023年5月26日号

AERA dot.より転載