企業はバイブルを持つべし
佐宗 これからの企業が宗教化していくと考えたとき、ミッション・ビジョン・バリューは、「シンボル」として機能しますよね。一方で「聖書」に該当するのはナラティブだと思うんです。聖書には経験や考えが物語で描かれています。ナラティブとか物語は、今後一つの大きなキーワードになってくるし、切実に求められるのではないかと思うんです。だから『理念経営2.0』でも1章まるごとを「ナラティブ」というテーマに割きました。ここには、宗教についてのリサーチから得た知見もふんだんに取り入れています。
入山 僕も物語性は非常に重要だと考えています。暴走族のリーダーやミサを行う司祭のように物語を語れるトップも大事だし、社史ではなく、どういう思いでやってきたかを本として出すのもいいですよね。
その点で、僕は教祖的な力のあるカリスマ経営者には、「今のままだとダメだ」みたいな話をすることもあります。なぜそう言うかというと、キリスト教が発展できたのは、イエス・キリストが死んだあとにその部下たちがセンスメイキングして、さらに聖書が生まれたからですよね。
佐宗 パタゴニアは『社員をサーフィンに行かせよう──パタゴニア創業者の経営論』を出版して創業者のイヴォン・シュイナードの考えを語っていますが、あれはバイブルそのものですよね。実際、BIOTOPEでも、社外に出さない経営者の思想を言語化し、バイブルとして編纂するような仕事も増えてきています。
入山 本当にそうですね。コテンラジオの深井龍之介さんがおっしゃっていましたが、やはり三大宗教はロジックがよくできているのだそうです。論破のしようがないぐらいよくできているから、長く生き残っているんですよね。しかもそのロジックを単なるロジックとして押し付けるのではなく、ナラティブとして語っているのがすごいんです。そこから学ぶべきですよね。これからの人類は、文化・宗教・思想・哲学を極めていくしかないと僕は思っています。
佐宗 おもしろいですね。僕も日本は今後、広い意味での「文化」を国の資源にしていく必要があると思っていて、これから「文化を作る起業家=カルチャープレナー」というムーブメントをつくっていきたいと思っています。SDGsの17のテーマにないのは「文化」なんですよね。以前に、人類学者・霊長類学者の山極壽一先生も「人類を群れとして見たときに、文化の創出が最大の課題ではないか」という趣旨のことをおっしゃっていました。文化を世の中に広げていくビジネスにおいては、ますます宗教から学べることが多いなと感じています。次の本のテーマが見つかった気がします。
ちなみに、今回は『理念経営2.0』刊行記念ということでお話しさせていただきましたが、改めてこの本、どんな人に読んでもらったらいいと思いますか?
入山 基本は全員ですね。あえて言えば、経営者であるビジネスリーダーですけど、でも正直、全員読んだほうがいい。
残念ながら長いあいだ、日本は「理念」というものに対して、会社も個人も弱かったんですよ。それは、たまたま現場が強い製造業で当たってしまって、終身雇用の制度があったせい。だから、理念のない経営でもなんとかなってきてしまったわけですよ。
それに日本という国は、個人に対して「自分なりの理念」を考えさせない国なんです。将来の夢を作文で書かせるのは小学校までで、中学・高校になると急に「受験だ」「偏差値だ」となってしまう。
そういう仕組みをわれわれがつくってきてしまったわけだけど、今後はそういう世界ではない。だから、この『理念経営2.0』という本は、日本人全員が読むべきだし、読むだけではなくここに書かれていることを一つでもいいから実践してほしいなと思いますね。
(対談終わり。次回からは中川政七商店会長 中川淳さんとの対談をお送りします)