イーロンの「ノー」を覆した1つの行動

 イーロンが私たちに向かって最初に放った言葉は、たしかに「ノー」だった。デスクの前で腰をおろした私たちを見るなり、開口一番、「ノー」と言ったのである。私は呆気にとられて彼の顔を見た。「ノー?」そう尋ねると、彼はまた「ノー」と応じた。そして、出ていってくれと言ったのだ。

 まさか、ウソでしょ。予想もしていなかったこの展開に面食らいはしたものの、そのとき、ハッと気づいた。彼が実際には、私たちのほうを見ていなかったことに。

 イーロンの視線は、バイロンの手元に向けられていたのだ。私たちが持参したプレゼントのほうに。私たちが学者であることが、おそらくイーロンにはわかっていない。また起業家が試作品を持って売り込みにやってきたと、勘違いしたのだろう。立ちあげたばかりのビジネスへの支援か、カネの無心、それがダメならせめて推薦の言葉だけでもいただけないかと、たかりにきたと思われたのだ。

 彼がそう考えたのであれば、「ノー」と言うのも当然だ。私たちの目の前にいるのは、ひっきりなしになにかをせがまれ、懇願の集中砲火を浴びている人物だ。だから彼は基本的に「ノー」と返答することにしているのだろう。

 よって、この面談は惨憺たる結末を迎えかけた―が、土壇場で私が機転をきかせたおかげで、彼に思いのほか、おもしろがってもらえたのである。なにも、私は特別変わったことをしたわけではない。事前に綿密に計画を立てていたわけでもない。ただ、くすくすと笑いはじめたのだ。

 本来であれば、ただ礼儀正しくうなずき、立ち去るべきだったのかもしれない。でも、私が忍び笑いを始めたとたんに、イーロンが困惑したような表情を浮かべた。そこで私はいっそう声をあげて笑い、その合間にせき込むようにしてこう言った。

「私たちが……売り込みにきたと……思われたんですね?〔ここで我慢できずにまた笑い声をあげる〕私たちはおカネを無心にきたんじゃありません……そりゃ、あなたはお金持ちかなにかなんでしょうけれど」

 この台詞がツボにはまったらしい。今度はイーロンが腹の底から笑いはじめた。そして、なにかをせびりにきたわけではないことがわかると、もう私たちを追っ払おうとはしなくなった。というより、その後、私たちは夢中になって話しあった。談笑し、真剣に論じあい、気のきいた言葉の応酬をして、最後には旧友のようになっていた。

 そのうえイーロンは、スペースXの事業部門トップの男性の連絡先が記してあるカードを渡してくれた。そして「きみたちの研究のためにもっと情報が欲しければ、彼に相談するといい」とまで助言してくれた。結果として、イーロンはこちらが望んでいたことを正確に把握し、願いを叶えてくれたのだ。

 いったいなぜ、私たちは土壇場で形勢を逆転させ、イーロンに気に入ってもらえたのだろう?

 それは、私たちが「エッジ」(EDGE)を獲得したからだ。だからこそ、わが国有数の富豪かつ権力者の優位に立つことができたのである。

人の「認識」にはとてつもない影響力がある

 そもそも「エッジ」とはなにを指すのだろう? それは単に「優位に立つ」「有利になる」などという程度のものではない。人はだれしもその人独自の観点で、他人を判断している。それが正しかろうが間違っていようが、その人なりの思い込みがあり、そうしたフィルターを通して他人を評価し、認識しているのだ。

 そうした「認識」にはとてつもない影響力があることを、まず、理解してほしい。そうすれば、そのパワーを逆手にとり、「エッジ」をつくりだせる。

 世間には、生まれつき「順風満帆の人生を送る」才能に恵まれているような人がいる。なんでもスピーディーにこなし、どんどん成果をあげ、望みのものを手に入れる人が。なぜなら、そういう人は他人から力を貸してもらえるように仕向けるのがうまいからだ。そのおかげで成功へと続く流れにうまく乗り、次から次へと目標を達成していく。前途洋々という名の水流に乗り、ボートを漕いでいくようなものだ。

 ときにはあなたも、こんな流れに乗ることがあるかもしれない。でも十中八九、物事はそううまくは運ばない。ここ一番という重要な場面で、行き詰まってしまうのだ。

 一方「エッジ」を獲得するとは、天賦の才に恵まれてはいなくても、自力で優位に立てると自覚すること。とりわけ、勝負どころで難局を乗り切ろうとするときに優位に立てることだ。

 もう少し、わかりやすく説明しよう。次の2点について、大抵の人は過小評価している。

1.よそ者や部外者が話を聞いてもらうのが、どれほど難しいか(「よそ者」がなにを意味するにせよ)。
2.だが、いったん相手の懐に入り、心をひらいてもらえれば、どれほど可能性が広がるか。

 本書はこの2点について述べていく。独自の「エッジ」をつくりだせば、あなたは相手の心の扉を開けることができる―それも大きくひらいて、チャンスをものにできるのだ。

 エッジの獲得は、どんな状況においても局面を左右する。ときにそれはミーティングでの売り込み、就活の面接、大勢の聴衆を相手にしたプレゼンといった大一番で本領を発揮することを意味する。だが、それはまた、長期にわたるキャリアの戦略を練ることでもある。

 社会には、不平等なところがあるし、偏見もはびこっている。だからこそ、そうした不平等や偏見が、1人の人間が成功するか否かを大きく左右することをよく自覚しなければならないのだ。

「エッジ」を活用してジェンダー、人種、民族、年齢、貧富の差といったものを超えていけば、どれほど不平等な状況に置かれていようと、どれほど偏見をもたれていようと、本領を発揮できるようになる。

「エッジをつくりだす」とは、不利な形勢を逆転し、独自の強みに変えることを指す。だからこそ、エッジをつくりだす能力を身につけなければならないのだ。