「業績はいいのになぜか優秀な社員から辞めていく……」
「リモートワークが増えて組織の一体感がなくなった……」
「新しい価値を提供する新規事業が社内から生まれない……」
「せっかくビジョンやミッションを作ったのに機能していない……」

こうした悩みを抱える経営者たちからの相談を受けているのは、新刊『理念経営2.0』を上梓した佐宗邦威さんだ。本書には、人・組織の存在意義を再定義する方法論がぎっしり詰めこまれている。
企業は「利益を生み出す場」から「意義を生み出す場」にシフトしなければ生き残れない。そこに「意義」を感じられなければ、企業からはヒト・モノ・カネがどんどん離れていくからだ。
そこで今回、企業理念の策定・実装に向けたプロジェクトを数多く担当してきた佐宗さんにインタビューを実施。「これから生き残る企業の条件」について聞いた(取材・構成/樺山美香、撮影/疋田千里)。

「企業理念が機能していない会社」から人が去っていく理由

利益を追求するだけの会社は生き残れなくなる

──「会社で働く意義を感じられない」という理由で社員が辞めて悩んでいる経営者の話が本書の最初に出てきます。同じような悩みが佐宗さんのもとへ多く寄せられているそうですが、なぜそういうケースが増えていると思われますか。

佐宗邦威(以下、佐宗) いろんな文脈があると思うんですけど、一番大きいのは社会におけるビジネスの役割の変化でしょうね。ひと昔前までは、会社を大きくして利益を上げれば法人税もたくさん払うから社会貢献している、という考えの経営者が結構いました。でも今は、優秀な社員ほど「それだけじゃダメでしょ」と仕事の社会的な価値を重視するようになっています。

 その背景として大きいのは、突き詰めて言うと気候変動の課題だと思います。たとえば、メーカーがモノを作れば作るほど環境にはマイナスになりますよね。そのため、利益を追求したいけれど環境には悪影響を及ぼしてしまう。今まで成長を絶対善とできていた会社も、自分たちの事業が本当に社会や地球にとってよいことなのかという自己矛盾に悩みはじめているのではないでしょうか。

──会社は「利益を生み出す場」から「意義を生み出す場」へシフトして、仕事の社会的価値を高めていかなければいけない時代になっていると本にもありました。

佐宗 そうですね。「売上・利益の成長」という資本主義のゲームそのものが問われている以上、今まであたり前だった前提が覆りつつあるんですよね。でも、まだそのことを理解できず、「何かを変えなければいけないのかもしれないけど、何を変えればいいのかわからない」とモヤモヤしている人は多いですね。この本のゲラを読んでもらった人たちはみんな異口同音に、「今までモヤモヤしていた点が解消されました」と言っていました。

「人間中心デザイン」を提唱した世界的な認知工学者のドナルド・ノーマンは、著書『誰のためのデザイン?』でものをデザインすることが本当にいいことなのかわからなくなってきたと述べ、人間中心デザインからヒューマニティ中心デザインという概念に転換する必要性について語っています。ビジネスの世界とデザインの世界の「交差点」にいる僕からすると、今までものを作っていく側にいたデザイナーからこういう内省が生まれていること自体が、非常に象徴的だと感じましたね。

──「誰のためなのか?」ということは、すべてのビジネスに通じる問いです。

佐宗 経営者は、株式市場からは「もっと成長しろ」と言われながら、一方で社会的・環境的な視点から「自社の存在意義を見直さなければ……」というプレッシャーも感じています。それと並行して、働く人の自律性も高まっています。たとえば、リモートワークやジョブ型雇用によって個人の裁量が高まる方向に世の中が動いていますし、個人の志向・価値観・ワークスタイルなど、人それぞれの多様性を大事にする動きも出てきていますよね。多様性を受け入れるということは、自分と違う価値観と共存するということでもあるので、ほかの人の価値観を尊重しないといけない。だからこそ、さまざまなコンフリクトも起こりやすくなります。

 これらの複雑な問いに対するシンプルな答えは「ない」んです。だから組織も個人も「問う」ことが重要になってきます。『理念経営2.0』では、自分たちの現在や未来についての問いを立てて、それぞれが自分なりの解釈を共有し、みんなで物語を紡いでいく新しい経営のあり方を提案しました。これを実践するためには、ビジョン、バリュー、ミッション/パーパス、ナラティブ、ヒストリー、カルチャーという6つの経営資源と、それらを支える独自のエコシステムが必要になる、というのがこの本の中心的なメッセージになっています。

「企業理念が機能していない会社」から人が去っていく理由