企業理念が「絵に描いた餅」になっていないか?

──「理念経営1.0」と「理念経営2.0」の違いをまとめた一覧表がわかりやすかったです。

佐宗 「理念経営1.0」の時代は経営者が自分の考え方を言語化し、朝礼で何度も唱和させるなどして現場に浸透させればよかったんです。リーダーはその理念を象徴する存在で、そのルールに従うのが社員の役目でした。でも企業理念デザインに多く携わってきた僕の経験からすると、「理念経営1.0」は大きく分けて2つの課題を抱えるようになっています。

 ひとつは、時代の変化によって企業理念が古くなったり、形骸化してしまったため、存在しないも同然になっているケース。この場合、企業理念の「つくり方」から伝えていく必要があります。もうひとつは立派な企業理念があっても「絵に描いた餅」になっていて、組織文化や行動原理、戦略などに落とし込めていないケース。こちらは、企業が描いている「理想」を現実の「事業」につなぐための仕組みをデザインして、企業理念の「使い方」を伝える必要があります。

 理念の中でシンプルなゴールを決めたとしても、そこで働く人すべての多様性を包括することはできません。そもそもそのゴールが正しいかどうかもわかりませんよね。ですから、僕は本の中で「ナラティブ」と「ヒストリー」の重要性を伝えました。この2つが組織や社員のなかで「生きた物語」になっているかどうか? そこが企業理念と個人が接合できるポイントだと思っています。

──ナラティブは理念を「自分ごと」として語り直すこと。ヒストリーは会社に埋蔵された「原点」を掘り起こすことだとあります。どちらも物語として語り合うことが大事なんですね。

佐宗 はい。その大前提として企業理念も物語として語れるものでなければいけません。「僕たちは今こういうことを問うている」「私たちはこういう未来をつくりたい」と語り合える理念としての物語の形式が、あらゆる場面で働いていれば共感ポイントが増えていきます。つまり人の数だけバラバラにある点と点をつなぐのがナラティブとヒストリーで、多様だけれども同じ物語を共有することで、同じ方向に向かって進んでいける。そのように物語を共有する経験の積み重ねから、組織の一体感や仲間意識が生まれるのです。

──その段階まで進めず苦労している企業に向けて、本書の前半で「ビジョン・ミッション・バリュー・パーパス」にもとづいた企業理念の見直し方も述べています。

佐宗 実はこの本、最初の頃はミッション、ビジョン、バリュー、パーパスの作り方の本として出すつもりだったんです。しかし、リサーチや執筆に時間がかかって4年がかりで書くことになってしまったので、世の中の状況もだいぶ変わりました。

 2019年に「DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー」で「パーパス」が特集されたことをきっかけに、理念の見直しをする企業が増え始めました。今では大企業であれば、すでに「ミッション・ビジョン・バリュー」くらいは普通に策定し終えています。企業理念の策定という目線で言うと、これからは地方企業や、中小企業が実践していくフェーズに入ってきたこともあり、そのノウハウを本にして出すことにも価値が出てきているなと感じます。

 また、大企業でも、経営層は当たり前のように思っていても、案外ミドルマネジメントや一般社員層までは浸透していないケースも多いですね。企業理念の見直しを終えた企業でも、経営陣と一般社員との理解度の差を埋めるために、本書を活用してもらえるといいなと思っています。

──もし、「ミッション・ビジョン・バリューってなんだっけ?」と思われた方がいたら、ぜひ前半を熟読してほしいですね!

佐宗 本に詳しく書いたように、それぞれ違う役割があるんですよね。たとえばビジョンについて、市場シェアを伸ばすことや売上目標を掲げている会社がありますが、多くの社員にとって利益目標は「自分に関係ないこと」です。ビジョンとは、そこで働く人が新しい価値を生み出すための動力になるものでなければ共感を得られません。

 一方、バリューというのは組織のアイディンティティのことです。自分たちはこういう人であり、こういう人ではない。自分たちがやるべきことはこれで、こういうことはやらない、というように群れとしての自分たちと他人との境界線を引くのがバリュー。ですからこれは、組織の課題が出てきたときに考えるべきもので、組織課題がなければ考えなくてもいいわけです。

 ミッションは、自分たちが一番優先して果たすべき役割は何か? を明確にすることです。これはさまざまな事業に取り組む中でどれを優先すべきか、意志決定をするときの基準となるものですね。なので、自分たちが何の事業をしていくべきか、という問いにぶち当たったときに考えるべきものです。

「企業理念が機能していない会社」から人が去っていく理由