「選択的分配」とは市場メカニズムによって医療資源を配分するのではなく、私たちが意図的に医療資源を分け配ることを指す。英語ではrationingという語を使う。rationingの直訳は「配給」である。

 配給というと戦時中の米や砂糖の配給を連想されるかもしれないが、基本的には医療資源の選択的分配とはこの意味の配給と同じである。配給という語が戦時体制を強く想起させるというただそれだけの理由で、本稿では配給という語を使わず選択的分配という語を使う。

 希少な医療資源という概念を説明しよう。本稿では「医療資源」を広い意味で使っている。医療資源というと、薬、病院のベッド、病院の予算、健康保険組合の予算、ドナーから提供される臓器など、モノや資金を想起されるかもしれない。

 これは正しいのだが、それだけでなく、医療資源はモノや資金以外のものも含む。例えば、医療資源には医療従事者の時間も含まれる。外科医、看護師、レントゲン技師などは毎日24時間働けるわけではなく、働ける時間の合計には限りがある。医療従事者の働ける時間は、病院のベッドの数や健康保険の予算のように有限なのである。医療資源は程度の差こそあれすべて有限で、そのため希少である。

 希少な医療資源の選択的分配は、感染症パンデミックによってだけ引き起こされるわけではない。自然災害や大規模テロなどが起きれば、治療を必要とする人が短期間に急増し、医療機関のキャパシティーを遥かに超える医療ニーズが発生する。

 そのような状況では、一般にも最近よく知られるようになったトリアージが行われる。誰がすぐに救命措置を受ける必要があるのか、誰が救命措置を受けないのか、誰が後で救命措置以外の治療を受けるのか、患者の緊急性のカテゴリーを判断する手続きがトリアージである。